心の時空

yansue.exblog.jp

a day in my life

ロンメルとパットン(後編) シネマの世界<第203話>

ドイツ全軍が、壊滅的に敗戦していく中、独裁者ヒトラーの狂気は、ドイツ国家の崩壊に向って暴走していきました。(参考:映画「ヒトラー最期の12日間」こちら
壊滅目前のドイツでありながら全軍に対し「勝利でなければ死を」と叫ぶ狂気の独裁者ヒトラーを暗殺しようとする国防軍上層部が出現、自宅療養中のロンメルにも暗殺計画が耳に入りました。
ロンメルは、部下の参謀長にヒトラー暗殺計画を思い留まるよう諌めますが、ヒトラーには報告しませんでした。
ヒトラー暗殺のために仕かけられた爆弾は、爆発したもののヒトラーに致命傷を与えることができませんでした。
ヒトラー暗殺未遂事件に関わった将軍・司令官・将校のほかナチス親衛隊(SS)に従わない国防軍の優秀な軍人たち200名が、粛清(処刑)されました。
ロンメルもヒトラー暗殺未遂事件関与の嫌疑をかけられ死刑の対象になりましたが、独裁者ヒトラーを以ってしてもドイツ国民に絶大な人気のあるロンメル元帥を処刑できず自死(自殺)を強制、戦死として‘国葬’にしました。
その半年後、命運尽きた狂気の独裁者ヒトラーは自殺、ナチスドイツの第3帝国が、崩壊しました。
一方、根っからの職業軍人でソ連嫌いのパットン将軍は、首都ベルリンに迫る共産主義国家の独裁者スターリン率いるソ連の軍勢に危険感を抱いていました。
パットンは、本国(ワシントン)に自分の第3軍戦車部隊が、ベルリン近郊のソ連軍に進軍し国境まで押し戻す作戦を提案しました。
これに慌てたのが、ワシントンのアメリカ軍総司令部(参謀本部)でした。
パットンは、第3軍司令官を解任され、実戦部隊のない第15軍司令官に転属(つまり左遷)させられました。
生粋の軍人であったパットンの知らないところで、ソ連と連合国の政治家たちによる第2次世界大戦後の世界支配の密約(ヤルタ協定)が交わされていました。
その直後パットンは、休暇中に狩りに出かけ、その途中自分の乗ったキャデラックが、トラックと衝突する事故を起こし頸椎損傷の後遺症で12日後に死去しました。
ロンメルとパットンは、第2次世界大戦のヨーロッパ西部戦線でお互いの存在を意識、時代に翻弄されながら軍人として歴史の中を駆け抜けて行きました。
砲弾の飛び交う戦場では、死ななかったロンメル元帥でしたが、ヒトラー暗殺未遂事件への関わりについて一切自己弁護せず自死、享年60才の生涯を閉じました。
パットン将軍もまた戦場ではなく休暇中の自動車事故により軍人として享年53才の人生を終えました。

by blues_rock | 2013-08-19 23:18 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
名前 :
URL :
削除用パスワード 

by blues_rock
XML | ATOM

skin by excite
ブログトップ | ログイン