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心の時空

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東京物語と小津安二郎監督  シネマの世界<第185話:後編>

a0212807_225178.jpg小津映画の映像といえば、カメラをロー・ポジションにした撮影が、とくに有名です。
小津監督は、映画の各シーンを撮影する前に、カメラ位置を必ず自分で設定しました。
カメラを固定し、撮影構図を変えず、登場する人物は、相似形に配置、セリフの口調やイントネーション、仕草なども小津監督が、自分で演じて見せて、出演する俳優に厳密にそのとおり演じさせました。
少しでも俳優の演技と小津監督の演出にズレがあると、リハーサルは、いつ果てることなく繰り返されました。
小津監督最後の作品「秋刀魚の味」(1962)に出演した岩下志麻(1941~当時21才)は、小津監督から80回のやり直しを言われ、数えていましたが、それ以降は、分からなくなったと述懐しています。              (上写真:ロケで撮影中の小津安二郎監督 右、と女優原節子 左)
a0212807_2161281.jpg大道具・小道具のセットにもこだわり、背景に映る書画骨董もホンモノを配置しました。
小津監督は、「人の眼は、ごまかせてもカメラの眼は、ごまかせない。」と断言しています。
カメラのロー・ポジションについて小津監督は、二つの理由を上げています。
一つは、座敷に座り芝居を見せるには、具合が良く、安定した同じ構図を繰り返すことで見るものに心地よい安心感を与えるから、a0212807_2175633.jpg二つめは、最初のカメラ位置からセットを見るとカメラに照明などの電気コードや機材が入り、カメラを下げて撮ったところ気に入った構図になったことから、小津監督のカメラが、ロー・ポジションになったそうです。
小津監督は、家族をテーマにして、伝統的な日本の美を追求、脚本を盟友の脚本家野田高梧(1893~1968)と共同執筆(セリフはほとんど野田高梧)、主演俳優に笠智衆(上写真)と原節子(下写真)を起用、共演者も同じ俳優が、何度も出演しています。
a0212807_2193368.jpg女優原節子は、小津監督が亡くなると同時に女優を廃業、一切の公の場から姿を消しました。
小津監督が、映画で創りあげた独自の映像美、映像世界は、斬新で個性的でした。
今年で映画監督小津安二郎生誕110年、没後50年、いまだに小津映画は、世界の映画ファン(とくにヨーロッパに小津ファンは多い)を魅了し、世界の映画監督に多大な影響を与えています。
「東京物語」は、家族の離散と家族愛の喪失の物語で、血の繋がる我が子でさえ、やがて子の中に親はなく、人の心は、常ならず次第に変化していくという「無常観」を静謐に淡々と描いています。
家族という普遍のテーマを映画にしたすばらしい作品で、白黒のモノトーンロ映像が、人生の寂寥感を美しく表現しています。
by blues_rock | 2013-07-11 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)