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心の時空

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古刹 承天禅寺(と博多祇園山笠)

a0212807_1133261.jpg「聖福寺」(こちら)から少し東に行ったところ(博多駅寄り)に、同じく博多の古刹「承天禅寺(じょうてんぜんじ)」があります。
承天禅寺は、1241年禅僧円爾(えんに1202~1280)によって建立されました。
円爾は、駿河国(静岡県)出身で中国南宋に渡り、禅の修行をして帰国、博多に承天禅寺を建立しました。
当時の博多は、南宋との交易拠点で、日宋貿易により南宋の宗教文化を輸入するわが国の窓口でした。
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博多に住んでいた南宋の貿易商人謝国明は、南宋で禅の修行をした円爾(えんに)と親しく、円爾の開いた禅寺‘承天禅寺’の支援者でした。
‘承天禅寺’境内には、日本の伝統食文化の起源や博多の伝承文化の発祥地であることを顕わす記念碑が、
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いくつかあります。
博多伝統の初夏(毎年7月1日~15日)の祭り‘博多祇園山笠’と言えば、博多の男衆による舁き手(かきて)が、各流れの山笠(やま)を競争して 櫛田神社へ奉納するクライマックスの「追い山」は、とくに有名で、早朝にも関
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わらず毎年多くの観客が、櫛田神社のまわりを囲み賑わいます。
この起源は、承天禅寺住職であった円爾(えんに)が、当時疫病(伝染病)の流行る博多で、町人たちに担がれた施餓鬼(せがき)棚に乗り、水を撒きながら、疫病退散を祈祷したのが、その始まりと伝えられています。
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博多祇園山笠のクライマックス「追い山」のコースは、必ず承天禅寺前を通り、各山の舁き手(かきて)が、承天禅寺に奉納したあと櫛田神社に向かい奉納するのは、こうした歴史的な背景によるものです。
承天禅寺は、博多に残る祇園山笠のような伝承文化だけでなく、今では日本食としてお馴染みの「うどん・そば・a0212807_4152638.jpg羊羹(ようかん)・饅頭(まんじゅう)の製法を初めて中国南宋から日本に伝え、わが国の粉物食文化を広めた発祥の地として有名です。
さらに承天禅寺は、博多織の発祥地でもあります。
円爾(えんに)は、晩年、生まれ故郷の駿河国に還り、安部川流域で茶の栽培を普及したことから静岡茶の始祖(茶祖)と称されています。
by blues_rock | 2013-07-02 00:48 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)