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心の時空

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a day in my life

東京の公園 浜離宮

甲府藩が、東京湾の海を埋め立て藩主の別邸にしたのが、浜離宮の始まりです。
藩主が、第6代将軍になると将軍家の別邸となりました。
明治時代は、鹿鳴館が、完成するまで日本政府の迎賓館でした。
a0212807_13351561.jpg庭園の面積は、75,800坪、東京湾から潮の干満を利用して、庭園の池に海水を取り入れ、景色の変化を楽しむように設えてあります。
浜離宮は、JR浜松町駅から徒歩で15分くらい、東京で働いている時、浜松町駅横の貿易センタービルで開催された「食品展示会」行事に出かけた折りなどに、ふらりと骨休めに行っていました。
ある秋の日、浜松町での仕事が終わり、時間を見ると浜離宮の閉園まで、まだ1時間あまりあるので思いたって散歩に行きました。
a0212807_13365198.jpg秋の夕暮れ前なので人影もほとんどなく、私の他には、遠くに外国人らしき女性の二人連れが歩いているだけでした。
私が、ベンチに座り‘潮入り池’(左写真)のほうをぼんやり眺めていると突然英語で話しかけられました。
声のほうを振り向くと、先ほどまで遠くに見えていた外国人女性の二人連れが、私のそばに立っていました。
私は、二人を見て、びっくり仰天、二人ともナイス・スタイルで北欧系の驚くような美人、年の頃なら二十歳くらいの女優かモデルのような女性でした。 (下写真:写真がなく、こんな感じのエストニア美人とご想像ください。)
a0212807_1341199.jpgカメラを私に差し出していることから、二人の写真を撮って欲しいという依頼と理解し、「OK」とニッコリ笑顔で‘潮入り池’を背景に、2、3枚撮ってあげました。
カメラを返しても立ち去る気配がないので、私の拙(つたな)い片言英語で「どこから来たの?(Where’re you from ? )」と質問したら「エストニア」とのことでした。
東京で働いているとのこと(たぶん観光ビザで来日しクラブかバーでのアルバイトと推察)、日本が好きなこと、間もなくエストニアに帰国すること‥など、私のヘタな英語に付きあって話の相手をしてくれました。
東京の秋の空が、茜色に染まり、閉園時間も近づいて来ましたので、私の心中は‥この続きを外でコーヒーでも飲みながら、もう少し話しませんか?との思いでいっぱいでしたが、その後のことに怖気づいて(もし二人から私の働く店に来ませんかと誘われたら断わる勇気がなく‥と妄想し)、名残惜しくも二人に「Thank you, bye !」と言って名前も聞かずに別れました。
今でも浜離宮というと彼女たち二人のことをふと懐い出します。
by blues_rock | 2013-06-15 00:30 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)