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心の時空

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ぼくたちのムッシュ・ラザール  シネマの世界<第163話>

a0212807_1285395.jpg2012年日本公開のカナダ映画「ぼくたちのムッシュ・ラザール」(2011)は、ケベツク州モントリオールの小学校が、舞台のシリアスな人間ドラマです。
小学校の先生‘ムッシュ・ラザール’が、主人公でラザール先生の過去に関わる事件をタテ糸に、彼の教える子供たち一人一人の教育問題が、ヨコ糸となり鮮やかな人間模様を織りなしていきます。
フィリップ・ファラルドー監督(と脚本)は、「学校は一つの小さな宇宙です。子供たちが、直面する‘生きる’意味は、教科書には書かれていません。」と映画を通してメッセージしています。
ある朝、シモン少年は、担任の若い女性教師が、教室で首をつって死んでいるのを発見しました。
彼女に遺書はなく、自殺の理由が分からず、校長も教師たちも沈鬱な気持ちに包まれます。
シモン少年の受けたショックは、大きく自虐的な行為を見せるようになります。
女性教師の教え子たちも先生の自殺に動揺して、教室内で子供たちの諍(いさか)いが、絶えなくなりました。
a0212807_1324398.jpg自殺した女性教師の後任としてアルジェリアからの移民バシール・ラザールが、代用教師の募集を見て応募してきました。
ラザール先生に教師の経験はなく、アルジェリア内戦(宗教対立)で進歩的であった教師の妻と娘二人を原理主義者に殺され、カナダ(ケベック州)に亡命、難民申請中であることを隠して後任の代用教師になりました。
シモンと仲良しだった同級生のアリスは、女性教師の自殺の原因が、シモンのウソにあると思い込み、シモンにa0212807_1333623.jpg冷たくなります。
シモンは、生前女性教師からハグされたことを‘先生からキスされた’と親にウソをつき問題になったことから、それが原因で先生は自分に抗議するため自殺をしたと思い込んでいました。
ラザール先生は、子供たちをひとりの人間として扱い、子供たちと真摯に向き合うことで自分の悲しみに重ね合せて乗り越えていこうとします
ラザール先生は、子供たちに「自殺の原因を探してもどこにもない。教室という場所は友情、勉強、思いやり‥それぞれの人生を捧げ、分かち合う場だ。絶望をぶつけ合う場ではない。」と諭します。
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主人公のラザール先生とシモン、アリスの三人(無名の俳優たち)が、実にすばらしく、ファラルドー監督は、この三人のキャスティングの成果で映画の出来が決まると思い、三人に決定するまで半年をかけたそうです。
どの国の教師も生徒や親たちとの関係に苦悩し、そのストレスは相当なものと推察します。
a0212807_1365098.jpg映画の中で体育の男性教師が、自嘲気味に「子供の扱いは、放射能廃棄物と同じ。彼女は、ハグしただけだ。判断を誤った。背中を触っても叩いたと言われる。私の娘は、キャンプに行き、過度の日焼けをした。教師が、日焼け止めを塗らなかったからだ。生徒を触れば、ヤケドする。放射能廃棄物を触ればヤケドする。それと同じだ。手を使わないで、鞍馬を教えるのはムリ。だから私は、体育の時間には、笛を吹きながらバカみたいに走らせ、生徒たちにバカにされている。彼女は、慰めのハグでヤケドした。判断を誤った。」と会議で発言するシーンは、現在の学校教育の欠陥を的確に指摘していると思います。
by blues_rock | 2013-05-10 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)