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心の時空

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無防備都市  シネマの世界<第149話>

イタリア映画ネオリアリズモ運動の先駆者ロベルト・ロッセリーニ監督(1906~1977)の代表作「無防備都市」は、ネオリアリズモ映画の金字塔と崇められている傑作です。
1945年(昭和20年)、今から68年前、イタリアで「無防備都市」が、公開された時、ドキュメンタリー映画を見ているような生々しい迫力に評判は、あまり良くなかったようです。
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次第に映画の斬新な映像表現や脚本のすばらしさ、映画構成のおもしろさなどイタリアでも評判となり、次いでフランス、アメリカとロッセリーニ監督の「無防備都市」は、大評判となりました。
今見ても白黒フィルムの映像に少し難がある(68年前の撮影フィルムなので当然のこと)ものの名作となる映画のすべての特質をもった作品です。
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映画のストーリーは、第二次世界大戦下ナチスドイツ軍に占領されたローマを舞台に市民レジスタンスの抵抗を描いています。
ロッセリーニ監督の演出もリアリズムに徹していて、結婚相手の反ナチス印刷工が、ドイツ軍に逮捕され、トラックで連れ去られるとき叫びながら後を追う女性(アンナ・マニャーニ)をドイツ軍が銃撃、もんどり打って倒れる
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女性のドラマチックなシーンは、映画史に残る名場面と言われています。
他にも、レジスタンスの指導者(マルチェロ・パリエロ)が、ゲシュタポの残忍な拷問にも口を割らず、レジスタンスを陰で支援する神父(アルド・ファブリーツィ)の前で息を引き取るシーン、映画のラストでゲシュタポから逮捕された神父が、ゲシュタポ隊長から、なぜ神を否定する共産主義者と手を結ぶのかと詰(なじ)られても“悪魔と
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闘うのに信仰は関係ない”と吐き棄て、銃殺刑に処せられます。
この処刑の光景を金網フェンス越しに神父から愛された少年たちが、じっと見詰めています。
この銃殺処刑シーンは、キリスト磔刑のゴルゴダの丘を想わせるすばらしい場面です
少年たちは、皆肩を落とし絶望してその場を去って行きますが、殺された指導者や神父の魂は、生き続け、少年
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たちの中からやがて第2第3のレジスタンス指導者や神父が、現われるだろうとロッセリーニ監督は、暗示しているようでした。
他にも「無防備都市」には、映画としての見どころが、多くあります。
ナチスドイツ軍占領下の緊迫した状況で善と悪の人間ドラマが、確かな存在感を持って見る者に迫ります。
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ナチスドイツ軍の中に潜在する同性愛・麻薬、密告・拷問などあらゆるものが、ドイツ民族の支配道具に利用され人間の醜悪な精神が、強調されてもいます。
ゲシュタポの隊長に対し別のドイツ軍将校が「もしレジスタンスの指導者が、喋らなかったらイタリア人もドイツ人と対等ということになる。そして種族としての優劣の差、人間としての能力の差がないということになる。そうすれ
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ば、この戦争の意味も失われる。人間の心までは支配できない。我々のしていることは人殺しだ。」と言うシーンは、ロッセリーニ監督演出の面目躍如です。
フランスのヌーヴェル・ヴァーグもアメリカン・ニューシネマも「無防備都市」から始まりました。
イタリア映画の名匠フェデリコ・フェリーニ(1920~1993)も脚本に参加、この時24才の青年でした。
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イングリッド・バーグマン(1915~1982)は、「無防備都市」を見て感動、夫と子供を捨ててロベルト・ロッセリーニ監督と結婚しました。(右写真)
by blues_rock | 2013-04-08 01:20 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)