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心の時空

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a day in my life

アラン・フリード

もう一人、ラジオ音楽番組史に忘れてはならない重要なDJがいます。
1950年代に活躍した白人DJのアラン・フリード(1921~1965没、享年43才、下写真)です。
彼は、1953年白人向けラジオ放送の音楽番組で、自分の好きな黒人音楽(リズム&ブルース)だけを流し、リズム&ブルースとは紹介せずに、いつも‘ロックンロール!’と叫んでいました。
今でこそロックンロールは、世界中で知られ、万人の音楽ですが、1950年代当時のアメリカ社会には、奴隷制度
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の悪弊であった人種差別(アパルトヘイト)は、まだ根強く残り、白人(権力)の黒人に対する卑劣な暴力やおぞましい虐待が、日夜平然と行われていました。
アラン・フリードは、アメリカ白人社会の反発や嫌がらせにお構いなく自分番組でロックンロール(黒人音楽)を流し続け、ロックンロールは、瞬く間にアメリカを席巻しました。
アラン・フリードは、ロックンロールの伝道師として人種に関係なく若い世代に絶大な人気がありました。
彼は、史上初のロック・コンサート(ムーンドッグ・ロックンロール・パーティ)開催者でもありました。
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彼の社会的な影響力を良く思わない保守層は、1962年ラジオ音楽番組のDJたちを収賄罪で告発(レコード会社からワイロを貰った罪)しました。
アラン・フリードは、権力に抵抗して誓約書へのサインを拒否したため、スケープ・ゴート(1964年彼だけが有罪になりラジオと音楽業界から永久追放)にされました。
判決の翌年1965年、アラン・フリードは、アルコール依存症の病気により失意のまま若くして亡くなりましたが、その後彼の偉業は、高く評価され名誉を回復、1986年「ロックの殿堂」(オハイオ州クリーブランド市、上写真)入りを果たしました。
by blues_rock | 2013-02-21 00:05 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)