ブログトップ | ログイン

心の時空

yansue.exblog.jp

a day in my life

ダウト(疑い)  シネマの世界<第120話>

映画の原題は、「Doubt」(2008)なので、日本公開のタイトルも原題のとおり「ダウト(疑い)」ほうが、この映画の‘心理劇としての見どころ’を壊さないと思います。
日本公開タイトルは「ダウト〜あるカトリック学校で」と余計な説明が付記され見る人が、オカルトっぽい陰鬱なストーリーか、学校ホラーのようなつまらない映画と勘違いしそうなので余計な付記はナンセンスです。
a0212807_0503395.jpg
映画「ダウト」は、ジョン・パトリック・シャンリー監督(1950~)の2004年戯曲(原作)「ダウト:疑いをめぐる寓話」をシャンリー監督自身が、脚本を書いて映画化しました。
シャンリー監督は、劇作家で脚本家・映画監督でもあるので、その三つの才能が、この映画でもシーンの撮り方、顔のアップの表情に如何なく発揮されています。
a0212807_051556.jpg俳優陣もメリル・ストリープ(1949~)、フィリップ・シーモア・ホフマン(1967~)、エイミー・アダムス(1974~)、ヴィオラ・デイヴィス(1965~)の4人が、舞台劇を思わせる長いセリフに感情を込めて熱演しています。
厳格な校長を演じるメリル・ストリープは、生徒たちを規律と規則で処罰し、独り善がりで頑固なので同僚の神父やシスターたちにも容赦がありません。
意地が悪くイヤミな校長をメリル・ストリープは、‘さすが大女優’の貫録をもって演じ、顔の感情表現も見ているこちらまで嫌いになるくらいの名演でした。
柔軟な信仰と態度で生徒たちに接するフィリップ・シーモア・ホフマン演じる神父は、子供たちに人気があり、住民たちへのミサの説教も評判が良く、校長を除きシスターたちのダレからも慕われています。
映画の中で、彼の黒人生徒に対するやさしさが、不謹慎な関係を疑われ、校長から執拗に攻撃され、冷静に対応しながら感情を抑え反論する顔の感情表現のアップもこの映画の見所です。
a0212807_0514614.jpgエイミー・アダムス演じる教師の若いシスターは、神父と黒人生徒が二人でいたところをちらっと見ただけで、その理由を調べることもなく自分の感想を校長に報告するという、最も厄介な無自覚による無邪気な行為の危険さ具現していました。
若いシスターが、見たことを校長は、すべて自分の都合良いように解釈し、相手の反論も認めず事実確認さえもしないで、地域に開かれた聖俗合せもつ教会に改革しようとする神父を生理的に嫌い、なんとか神父の落ち度a0212807_0584513.jpg(スキャンダル)を見つけ、追い出そうと懸命でした。
黒人生徒の母親役のヴィオラ・デイヴィスも子供の未来を真剣に思い、校長から‘子供が被害に遭った’と訴えるよう協力を要請されますが、毅然と断り、母親は、シスターに‘子供が、性同一障害で父親に愛されず、苦しみ神父に心の救いを求めていた’事実を伝えました。
母親やシスターの願いも空しく、神父は、黒人生徒と話したことの一切を語らずに、教会での最後のミサと説教をして他の教会へ転属していきました。
名画の三条件である監督・脚本・俳優がすばらしく、心理劇映画の秀作としてお薦めしたい作品です。
by blues_rock | 2013-01-04 00:34 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)