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心の時空

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ベン・シャーン「サッコとヴァンゼッティの受難」

ベン・シャーン(1898~1969)は、アンドリュー・ワイエスとともにアメリカを代表する画家です。
私が、初めてベン・シャーンの「サッコとヴァンゼッティの受難」を見たのは、1970年福岡で開催された「ベン・シャーン展」だったように記憶しています。
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ベン・シャーンは、労働者・失業者など社会の底辺で生きる人々を慈愛に満ちたリアリズムで表現しました。
ベン・シャーンのモチーフは、戦争・貧困・差別の告発と平和への願いで、アメリカが抱える社会的な問題に真っ直ぐ向き合う‘アメリカの良心’といえる画家でした。
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日本との関わりも1954年アメリカの太平洋ビキニ環礁における水爆実験で、実験水域で操業していた日本のマグロ漁船「第五福竜丸」乗組員全員が被ばく、放射能の被害を受けました。
ベン・シャーンは、この水爆実験に抗議し、第五福竜丸(ラッキードラゴン)シリーズの作品を残しています。
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さて、「サッコとヴァンゼッティの受難」の絵は、1920年イタリア系労働者ニコーラ・サッコとバルトロメオ・ヴァンゼッティ二人が、製靴工場を襲い二人を殺して現金を奪う強盗事件の犯人として警察に逮捕されました。
1920年当時のアメリカ社会は、経済不況により不安定で、国民の不安・不満が、積もり工場のストやデモで街a0212807_1259089.jpgは、騒然としていました。
そんな状況下で発生した強盗事件でしたので、警察は無政府主義者としてマークしていたサッコとヴァンゼッティを犯人に仕立て上げ逮捕しました。
警察・検察・判事が結託し進めた裁判は、二人の物的証拠もないまま状況判断だけで死刑の判決を下しました。
これに対し、ベン・シャーン始めアルベルト・アインシュタイン(ノーベル物理学賞受賞者)、アナトール・フランス(ノーベル文学賞受賞者)など多くのアメリカ国内外の人々が、偏見と敵意による“冤罪”として助命嘆願運動を行ないましたが棄却され1927年二人は、電気イスにより死刑執行されました。
この裁判は、アメリカ裁判史上最大の冤罪事件として正義を求めるアメリカ国民の間で糾弾され続けました。
1977年マサチューセッツ州デュカキス知事は、サッコとヴァンゼッティの裁判について「偏見と敵意にもとづいた誤りで二人は無実であった」と公式に冤罪を認めました。
サッコとヴァンゼッティの悲劇は、1971年映画「死刑台のメロディ」で見ることができます。
2000年映画「ザ・ハリケーン」も偏見と敵意による“冤罪”をテーマにしています。
by blues_rock | 2012-12-15 00:37 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)