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心の時空

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a day in my life

映画監督と俳優  シネマの世界<第99話>

映画で監督と俳優の組み合わせは、非常に大切です。
私が、映画を見に行くときの判断基準は、「監督、脚本、俳優」と「この映画はおもしろそうだ」の直感頼りです。
a0212807_0291413.jpg私は、子供の頃から映画を見るのが好きで、子供の頃見たのは、勧善懲悪のヒーローもの痛快時代劇でした。
思春期となると少し色っぽくなり、もっぱら絶世の美人女優、憧れの銀幕スターが出演する洋画を見ていました。
映画月刊誌「スクリーン」や「映画の友」を愛読し、グラビアのブリジット・バルドー(上)、クラウデァ・カルディナーレ(下)をウットリ見つめていました。
a0212807_0302723.jpg二十歳(はたち)を過ぎると監督にこだわりイングマール・ベルイマン監督、フェデリコ・フェリーニ監督、ルキノ・ヴィスコンティ監督、デ・シーカ監督などイタリア・レアリズモ映画を良く見ました。
ルキノ・ヴィスコンティ監督の「地獄に堕ちた勇者ども」(1969)には大変ショックを受け、ヴィスコンティ監督のホモ・セクシャルな嗜好がもたらす退廃的耽美な映像は、私に映画は総合芸術であることを教えてくれました。
a0212807_0371099.jpg日本では、新進気鋭の映画監督たちが、映画会社に束縛されない自由な映画表現を求めてATG(アート・シアター・ギルド)という自分たちの映画製作会社を設立しました。
彼らは、映画を映像表現の道具として1960年~70年代当時世界の映画界を席巻していたイタリア・レアリズモを日本にもたらしました。
私の読む映画誌は、「キネマ旬報」となり日本映画はATG映画ばかり見ていました。
当時のATGには、新進気鋭の若手映画監督が大勢いて、私の記憶に残るのが、大島渚監督の「日本春歌考」(1967)・「愛のコリーダ」(1976)、篠田正浩監督「心中天網島」(1969)・「沈黙」(1971)、松本俊夫監督「薔薇の葬列」(1969)、黒木和雄監督「祭りの準備」( 1975)、根岸吉太郎監督「遠雷」(1981)などで鮮烈でした。
日活ロマンポルノも日本版ポルノとして話題になりましたが、大島監督「愛のコリーダ」ノーカット無修正版をパリa0212807_0335941.jpgで見ていたので‘映倫許可のポルノ’になど興味ありませんでした。
私が、映画を見る場合、「おもしろそう」の直感に頼りますが、私の映画評価は、見終えた後の“感動”で決まります。
私が、映画を見る判断基準は、「監督、脚本、俳優」であると前述しましたが、黒木和雄監督(1930~2006没、享年76才)と俳優原田芳雄(1940~2011没、享年71才)の組み合わせは、‘最強のふたり’でした。
二人のコンビは、黒木監督が脚本と監督を担い、原田芳雄が主演し、その演技力と存在感で、映画を強靭にしていました。
この二人映画監督と俳優コンビは、1974年「龍馬暗殺」、1975年「祭りの準備」、1978年「 原子力戦争 LOST LOVE」、1983 年「泪橋」、1990年「浪人街」、2000年「スリ」、2002年「美しい夏キリシマ」、2004年「父と暮らせば」と8本の名作を残しました。
名優原田芳雄は、強烈な個性と存在感、的確な役への適応で、名匠映画監督は元より若手映画監督からも絶大な信頼を受けていました。
a0212807_035798.png生涯で100本を超える映画に出演とくに黒木和雄監督の「戦争レクイエム三部作」すべて出演し‘原田芳雄ならでは’の名演技を披露しています。
2011年原田芳雄最期の作品「大鹿村騒動記」の撮影では、すでに病気で満身創痍ながら、旧くからの優仲間で共演作品も多い盟友石橋蓮司に支えられ役者魂を発揮し病気とは思えないくらい名優原田芳雄の怪演を見せてくれました
原田芳雄は、石橋蓮司を最高の役者と絶賛、2004年の映画「ニワトリはハダシだ」でも原田芳雄と石橋蓮司二人の傑出した演技を見ることができます。
by blues_rock | 2012-10-21 00:27 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)