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心の時空

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紙屋悦子の青春  シネマの世界<第98話>

黒木和雄監督が、2004年に「戦争レクイエム三部作」最後の作品となる「父と暮らせば」を撮り終えたとき、1988年の「TOMORROW明日」に始まった映画による戦争レクイエムの歳月は、16年に及んでいました。
これで黒木監督自身の戦争へのレクイエムは終わり、黒木監督自らの魂が鎮まったかに思えました。
しかし、あの戦争で傷ついた黒木監督の精神(魂・心)の深淵は、決して癒えず2006年に黒木監督の遺作となった映画「紙屋悦子の青春」が、戦争レクイエムの最終章として完成しました。
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黒木和雄監督の作品は、監督自身の脚本で自ら監督するので、映画(スクリーン)に「監督の表現したい主題と映像」が、明確に表現されます。
映像へのこだわりも半端ではなく、映画美術の名匠木村威夫に自分の映画の美術監督を全面的に任せているのも頷けます。(参考:木村威夫監督の映画「夢のまにまに」はこちら
映画の中で各カット映像に映るロケーション風景や室内の設え(セット)にある時代考証された大道具・小道具、
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出演者が着るその当時の服装衣類など、どれも実に細部にまで神経が、行き届いています。
神は、細部に宿ると言います。
奇想天外、荒唐無稽なフィクション映画を見たとき、見る人に‘本当だ、真実だ、美しい’と感動する心があれば、映画の神は、その映画の細部に宿っていると言えるでしょう。
人は、レアリズムがあれば、感動するもの‥あとは、どんな映画を見るか、見る人の感受性によると思います。
a0212807_026084.jpg黒木和雄監督の遺作映画「紙屋悦子の青春」(予告編こちら)は、‘思い遣る心’が主題の映画です。
1945年春、東京を大空襲で焼かれ、沖縄が占領されてもなお本土決戦、敵機のグラマン編隊が、鹿児島にも来襲していました。
それでも神国日本負けるはずはないと御国に尽くし清貧のなか銃後を護る人たちがいました。
紙屋悦子(原田知世)もその一人でした。
彼女の兄(小林薫)の高校時代の後輩で、密かに彼女を慕う将校(松岡俊介)がいました。
彼女もまた密かに心のうちで彼に好意をもっていました。
彼は、沖縄奪還のため特攻隊に志願し、すでに出撃することが、決まっていました。
a0212807_0271323.jpgその彼から悦子の兄を通して悦子に‘お見合い’の話が、来ました。
かれは、自分が慕う大事な悦子を自分の信頼する親友(永瀬正敏)に託したのでした。
その時、悦子も悦子の兄夫婦も、彼が“死ぬ覚悟”をしていることを知るのでした。
彼は、そのことを何も言わず表情にも出さず、自分の親友のことを語り、こっそり彼だけ帰りました。
彼が帰った後、悦子が部屋に籠もりで、声を出して泣いている間(映像はなく悲痛な泣き声と嗚咽が聞こえるだけ)、特攻する友の‘お見合い’により、悦子を託された親友は、彼女の心が鎮まるのをじっと待っていました。
この映画「紙屋悦子の青春」は、人が人を信頼することの美しさ、尊さを淡々としたストーリーの中で教えてくれました。
a0212807_0275426.jpgひとつのシークエンス(物語を構成する単位)は長く、黒木監督の演出によるカメラの長まわし(長いカット)も多いので、これに応えた演技者たちも立派です。
この映画の中心をなす悦子と2人の青年と3人を見守る兄夫婦(悦子の義姉、本上まなみや)など主役たちが、それぞれの役割に合う味のある名演技を披露しています。
この秋、世の中の殺伐とした事件(あるいは自分のまわりのイヤな出来事)にウンザリしている方、人を‘思い遣る心’に感動したい方は、ぜひご覧ください。
心洗われ、少し元気を取り戻すことができるかも知れません。
by blues_rock | 2012-10-18 00:28 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)