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心の時空

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a day in my life

孫文と庄吉(余話)

a0212807_046394.jpg梅屋庄吉と妻徳子夫妻は、1915年孫文が、東京で秘書の宋慶齢(そうけいれい1893~1981)と再婚する時、媒酌人を務めました。
日本亡命中の革命家孫文と年齢差26才宋慶齢(宋家三姉妹の次女)の結婚に反対する中国の宋家を庄吉の妻徳子が訪ね、両親や家族を説得、庄吉と妻徳子が、孫文と宋慶齢の仲人になりました。
1925年孫文が亡くなると、梅屋庄吉は、巨費を投じて「中国革命の父、孫中山」の記念像4体を中国の孫文所縁(ゆかり)の地、広州・南京・マカオに建立し、寄贈しました。 (右:孫文と宋慶齢、日本での新婚写真)
宋慶齢は、近代中国最悪の災難とされる文化大革命でも‘孫文’夫人として、周恩来首相(1898~1976)・鄧小平共産党副主席(1904~1997)という中国歴代の指導者から擁護され、中華人民共和国副主席・名誉主席になりました。
日本と中国に国家体制の違いや日中間の歴史に不幸な出来事(鄧小平スピーチ:日中2000年交流の歴史から比べれば現在の不幸な時間は瞼のひと瞬きに過ぎない)はあっても宋慶齢・周恩来(‥日本留学経験)・鄧小平(‥1978年日本訪問、視察し中国の開放・改革を決意、経済開放を指導)などお互い敬意をもって交流してきた良き理解者・旧い友人たちの存在を忘れてはなりません。 (下写真:左が鄧小平、右周恩来)
a0212807_11332487.jpg現在、中国元紙幣の肖像は、毛沢東ですが、遠い将来きっと中国と台湾は、統一国家になるでしょうから、その時新中国紙幣の肖像は、孫文になると思います。
愚者が戦争を始め、賢者が戦争を終わらせる、という諺(ことわざ)があります。
バカ者が、金切り声をあげて戦争を始め、同胞の死屍累々と祖国の焦土を見た者が、重い腰をあげ戦争の後始末をするという意味と私は理解しています。
本当の賢者とは、愚者が大声出して安直な愛国を叫び、金切り声をあげて戦争を煽っても、同胞家族の死屍累々と祖国の焦土を見ないために創意の智恵を絞り、粉骨砕身あらゆる努力を惜しまない人と思います。(孫文と庄吉、おわり)
by blues_rock | 2012-10-02 00:42 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)