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心の時空

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a day in my life

独鈷の湯(とっこのゆ)

a0212807_2354147.jpg元号が、昭和から平成に変わった1987年(昭和62年)から1994年(平成6年)までの7年間、私は名古屋に住んでいました。
その当時の仕事(担当業務)は、国産原木乾椎茸の生産振興と市場の事業運営でしたので、原木乾椎茸の大生産地であった伊豆半島には、生産振興のための会議や研修会・講習会、販売打合など頻繁に出張しました。
行く先は、伊豆半島全域でしたが、宿泊するのはいつも修善寺のなじみの温泉旅館でした。
a0212807_23555849.jpg修善寺は、東海道新幹線を三島で降り、伊豆箱根鉄道駿豆(すんず)線に乗り換え、伊豆半島を少し入った終点の山あいにあります。
修善寺の地名は、鎌倉時代に建立の曹洞宗の禅寺「修善寺」に由来し門前町として営々と永らえてきました。
12世紀の平安末期から鎌倉時代にかけて伊豆半島は、謀反人(政治的罪人)の流刑地でしたが、伊豆は古くから温泉が湧き、21世紀の現在も伊豆半島には、数多くの温泉が点在しています。
平安時代の終わり、当時の京都(みやこ)で起きた朝廷(政権)内の権力闘争は、藤原公家=武家勢力の抗争に拡大し、平清盛率いる平家に敗れた源氏の一族も修善寺に流刑されました。
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私なら温泉いっぱいの伊豆半島に‘島流し’にされると知らされたら「やったァ、ハッピー!」と一応悲しい顔をして見せながら心の中で叫ぶことでしょう。
終点の修善寺駅の横を狩野川が、流れています。
その小川の真ん中に、独鈷の湯(とっこのゆ)という露天風呂があり、まわりからは丸見えでしたが、いつでも入浴できてお代はなし、湯加減も心地よく開放的でしたので、時間があればひと浴びしました。
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修善寺は、有名な観光地であり、その中でも独鈷の湯(とっこのゆ)は、大切な観光資源ながら露天風呂なので、まったくの丸見えは‥いくら何でも、と当時は板を打ち付けた囲いはありました。
名古屋に住まい働いていた7年の間、通算して半年くらい‥もしかしたらそれ以上の月数に相当するくらい伊豆半島には通いました。      (上写真:浄蓮の滝、下写真:旧天城トンネル)
a0212807_0133019.jpg伊豆は、自然に恵まれているので食べ物も美味しく、狩野川の天然アユ、肉質のしまった原木生椎茸の網焼き、沼津の食堂で食べた桜エビのかきあげテンプラ、確か西浦だったと記憶していますが、定置網にかかったバケツいっぱいのウルメイワシを海岸で手開きしながら伊豆のワサビを擂りおろして食べた美味しさなど今でも忘れられません。
四季折々の自然の中で、朝・昼・晩と露天温泉に浸かり、湯上がりには冷えたビールをプァ~と飲んで、夜の帳(とばり)の中でゆっくり伊豆の魚菜を肴(さかな)に‥♪熱燗とっくりの首つかんで、もういっぱいいかがなんて妙に艶っぽいね(旅の宿)と鼻歌まじりで暮らしたい、伊豆に‘島流し’にされたいなァ‥と夢想しながらぼんやり窓の外の竹林を眺めていました。
by blues_rock | 2012-05-28 00:24 | 人生/愛(Love) | Comments(0)