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心の時空

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やがて来たる者へ  シネマの世界<第66話>

2011年秋に公開されたイタリア映画で、ジョルジョ・ディリッティ監督自身が、監督・原案・脚本・製作・編集と一人5役を担い、映画のディテールに拘(こだわ)って撮影されたすばらしい作品でした。
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ドキュメンタリーでキャリアのあるジョルジュ・ディリッティ監督は、この映画で冷徹なくらいリアリズムを貫き、1944年9月から10月かけて北イタリアの山村で起きたナチスドイツによるパルチザン掃討を目的にした大量虐殺事件がテーマです。
犠牲者は、無抵抗の農民771人と侵略者に抵抗するパルチザン50人余りで、惨殺されたその多くが、子ども・女性・老人の非戦闘員たちでした。
a0212807_2048673.jpg口のきけない少女マルティーナの目(歴史の目撃者)を通して、彼女の瞳に映る敵と味方の区別のない戦争の日常的な風景と歴史の事実‥山村を襲う戦争という時代の流れに飲み込まれて殺され死んでいく村人たちの姿が、彼女が言葉を発しないからより一層見る者に胸に迫り切なくなります。
映像は、アンドリュー・ワイエスの絵画のように精緻で美しく静謐(しずか)です。
この事件は、第2次世界大戦下のイタリアで起きた最大の悲劇で、イタリアでは誰でも知っている歴史的事実ですが、イタリア映画伝統のネオ・リアリズモ精神は、この映画でも生きており「戦争には戦争という事実のなかでしか語れない真実がある」とスクリーンで語っています。
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出演者の大半を事件のあった北イタリアの地元の人たちでキャスティングし、彼らが皆な無名な演技者であるがゆえに、撮影された映画のロケ地の自然になじみ、実にリアルな映像でした。
ディリッティ監督の演出のすばらしさは、徹底的に8才の少女の目から見たリアルタイムの歴史です。
少女にやさしく微笑みパンを与えたドイツ軍の若者に自分の墓穴を掘らせ、後ろから頭を撃ち処刑するパルチザンの兵士、ドイツ軍の若い兵士たちもまた平然と子どもや女性・老人を家から引きづり出して銃殺します。
a0212807_21183735.jpgさらに小さな教会に村人を無理やり押し込み手榴弾を投げ込み殺戮します。
戦争は、どんな戦争も不条理で理不尽、悲惨であると映画「やがて来たる者へ」は、語っているように思いました。
私は、この映画で初めてジョルジョ・ディリッティ監督を知りましたが、イギリス中世の哲学者・思想家トーマス・ホップス(1588~1679)に相当造詣が深いのではないかと思いました。
トーマス・ホップスの哲学書「リヴァイアサン」にある「万人の万人に対する闘争」・「人間は、すべての人間にとっての狼」が、映画の下地にあるのではないかと推察しました。
「リヴァイアサン」は、近代国家論の思想書です。a0212807_21133646.jpg
ウィキペディアからトーマス・ホップスを検索し、その一部抜粋すると、「 人間の自然状態を、闘争状態にあると規定し、人間には、生来一定の傾向としてある種の運動が備わっている。 これが何者かに向かうときには、欲望となり、遠ざかろうとする場合には、嫌悪となる。愛とは、欲望と同じものであり、憎しみは、嫌悪と同じものである。 そしてあるものが、欲望の対象であるとき、我々はそれを善と呼び、嫌悪の対象であるときは、悪と呼ぶ。 人間の生命活動の根元を自己保存の本能とする。 そのうえで人間固有のものとして将来を予見する理性を措定する。 自身の生存は、自身で保つ以外はない。 」と続いて行き、読んでいくうちアタマの中心が、ジンジンしてきます。
明晰な論理で真実が書いてありますので、興味のある方は、ウィキペディアで検索してご覧ください。
少年と自転車」と「やがて来たる者へ」(予告編 こちら)のこの2作が、今年になって私の見た映画の中で名作ランキング1位で並びました。
by blues_rock | 2012-05-25 00:41 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)