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心の時空

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a day in my life

絵の話 ‥ シャガール(高齢者介護施設の絵画教室)

毎週火曜日の午後はいつも、デイ・サービスで高齢者の方々に、水彩・クレヨン(クレパス)・木炭・鉛筆など画材を選んでいただき、モチーフは四季折々の花、あるいは静物、ときには、鏡を見ながら自画像など‥自由な心で絵を描いていただく絵の時間です。
今週は、4月に描いたご自分の作品3~5枚(必ずサインと落款を入れたもの)から1枚を選んでもらい額に入れ、全員合評会を開きました。  (下3点:シャガールの絵)
a0212807_11915100.jpg必ずサインと落款を入れるのは、ほとんどの方に認知症状があり(認知症の個人差はあります)、中には「自分の絵ではない、絵を描いた憶えがない」と言われるからです。
そんな時、「このサインの名前‥見たことありませんか?ダレの字でしょうか?」としっかり絵を見せて問いかけすると、照れ笑いしながら「あらま!?私の名前だ‥ということは、これ私の絵?」とか「ワシャ知らん、描いた憶えがないぞ‥確かに名前も字もワシのだなあ‥不思議だなあ」と首をひねられるので、私が「○○さん、納得しました?」と問い直すと「(ガンコに)ワシャ知らん!」の一点張り、まわりの人たちは、全員大笑いです。
私たちの絵画教室の皆様方が、描かれた作品(絵やデッサン)の中から数枚を昨年8月30日「高齢の画家たち」に掲載していますので、ぜひご覧いただきたいと思います。
どの作品もみずみずしく、絵から認知症状を感じることはありません。
a0212807_1195074.jpgさて話は変わりますが、以前の絵の時間に「絵は自由に描けば楽しくなる」という話題でシャガールの話をしました。
マルク・シャガール(1887~1985、98才没)は、帝政ロシア(現ベラルーシ)のユダヤ人村に生まれました。
1910年に初めてパリに出て、当時前衛絵画であったキュビズムの画家たちと親交を結び故郷に戻りますが、ロシア革命により1922年故郷を逃れ、またパリに向かいました。
妻べラも同じ故郷のユダヤ人です。
シャガールは、彼女をモデルにして、若い二人が祖国の村で暮らした懐かしい日々を詩情豊かにキャンバスに描きました。
第二次世界大戦のヨーロッパでユダヤ人の彼は、ナチスドイツの迫害を受けアメリカに亡命しました。
1960年すでに著名な画家となっていたシャガールに、フランス政府からパリ・オペラ座天井画の制作が、依頼されました。
戦争が終わり、1947年フランスに戻った彼は、フランス国籍を取得いたします。
a0212807_1221598.jpgシャガールは、彼が描く詩情豊かな絵から到底、窺(うかが)えない毒舌家としても知られ、自信家でプライドの高かったピカソに対しても、辛辣な批評をしていたそうです。
それでもシャガールとピカソは、たいへん仲が良く、お互いを認め合った友人でもありました。
1966年フランスのカンヌに近い古都アンティーブ市に世界で最初のピカソ美術館(アンティーブ市立でピカソがアトリエとして使用した古城)ができ、1973年には、ニース市にシャガール美術館ができました。      
ピカソ美術館は、他にもパリに国立ピカソ美術館、故郷スペインのバルセロナにもピカソ美術館があります。
by blues_rock | 2012-05-02 00:14 | 高齢者介護(認知症) | Comments(2)
Commented by 村石太マン&惑星の王子様 at 2014-07-12 01:46 x
シャガール 画像 で 検索中です
独特のライン と 色彩 すごいです。
こないだ シャガール展へ 行きました。
天井壁画~舞台衣装~ 映画 舞台 そんな歴史風景 なんとなくダリをモネの壁画を 思い出しました
こないだピカソの16歳のころの作品を見て びっくり
シャガールの若きころの作品を見たいなぁ
絵画同好会(名前検討中
Commented by blues_rock at 2014-07-12 23:25
シャガールも、one&onlyの画家ですね。
鉛筆で詩を書く詩人のように絵筆で詩を描いた詩人であり、絵筆で音楽を奏でたミュージシャンでもありました。