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心の時空

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a day in my life

リトル・フィート ‥ 異才ローウェル・ジョージ

ローウェル・ジョージ(1945~1979没、享年34才)は、1964年鬼才フランク・ザッパのバンド「マザーズ・オブ・インヴェンション」に加入、彼の音楽的才能と演奏技術は高く評価されていました。
しかし、彼のドラッグ依存症が治らず、フランク・ザッパは、彼をバンドから追放しました。
a0212807_635353.jpg1969年、ローウェル・ジョージは、「リトル・フィート」を結成‥ちなみにLittle Featとは、小さな偉業という意味とは知らず Little Feet=小さな足と思い込んでいました。(‥恥ずかしい。)
彼は、ロスアンゼルスの生まれ育ちながらアメリカ南部やニューオリンズのルーツミュージックに影響され、彼が弾くスライドギターと渋いヴォーカルは、秀でた音楽センスを感じます。
1972年発表の2作目アルバム「セイリーン・シューズ(Sailin' Shoes)」から彼らの特徴が表れ、1973年に傑作アルバム「デキシー・チキン(Dixie Chicken)」を発表しました。
1971年のデビュー・アルバム「リトル・フィート(Little Feat)」は、残念ながら日本では発売されませんでした。
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リトル・フィートは、都会(ロスアンゼルス)の音楽センスと南部のファンクが、融合した新しいファンクミュージックを誕生させました。
バンド結成時からの盟友ビル・ペインの弾くピアノ(キーボード)とローウェル・ジョージのヴォーカルが、すばらしくリトル・フィートの音楽活動に期待が集まりました。 (下:「セイリーン・シューズ」LPジャケット 1972年)
a0212807_6593056.jpgリトル・フィートは、ニューオリンズで活躍していたアラン・トゥーサン(1938~、ピアニスト・プロデューサー)からファンクの影響を受けました。
アラン・トゥーサンは、ドクター・ジョン、ウイングス(ポール・マッカートニーのバンド)、エルビス・コステロなどと共演したファンク草創期からの実力者です。
リトル・フィートは、次第にローウェル・ジョージの音楽志向と他のメンバーの音楽にズレが生れ、彼のドラッグ中毒による体調不良などもあり、ローウェル・ジョージのバンドでの存在感が次第に薄くなっていきました。
1979年、ローウェル・ジョージは、ソロアルバム「Thanks I'll Eat It Here」を発表しました。
a0212807_775675.jpgそして、リトル・フィートの解散を宣言、自分の死を予感していたかのように、オーバードース (薬物過剰摂取)による心不全のため死亡しました。
初期のサザンオールスターズの桑田佳祐は、リトル・フィート(ローウェル・ジョージ)から強い影響を受けたと述べています。
(右:「デキシー・チキン」LPジャケット 1973年)
by blues_rock | 2012-04-29 06:33 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)