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心の時空

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a day in my life

高齢者介護と認知症 ‥ 明日はわが身

私が、住まう福岡市南区郊外の山裾に、この地域に暮らされる高齢者の皆様方が、最期まで住み慣れた自宅で生活できるよう、在宅介護のお手伝いをする施設(事業所)があります。
週4日、この高齢者介護施設で働くまで、私は福祉や介護に興味も関心もなく、まったく無縁の人間でした。
私の認知症についての知識は、老いによるボケ(か、痴呆症)のこと程度の恥ずかしいものでした。
認知症の高齢者を主人公にした映画制作され、秀作も多いので映画を通して学んだ程度の浅い知識でした。
認知症が、テーマの秀作映画は「君に読む物語」・「アウエイ・フロム・ハー」・「夢のままに」などがあります。
映画では、老夫婦(あるいは壮年夫婦)のどちらかの記憶喪失、伴侶(相手)への認識不全、心の崩壊を通して、人生をともにした夫婦の愛がテーマでした。
a0212807_20302780.jpg高齢化が進む日本では、これから認知症疾患の高齢者が増え‥そして、家族の、夫婦間の介護の多種多様な苦悩と現実の問題が、確実に増えてきます。
愛とは?家族とは?人生の長い時間を共有した相手への思いやりとは?絆(きずな)とは?‥すべての人に最晩年の人生の最終章が、問われます。
最初から高齢者として生まれてくる人は、いません。
人は自ら望んで老いていくわけでもありません。
それは、この世に生まれたすべての人たち皆平等に与えられた不可避の宿命‥いま命ある人すべてが、やがて老い必ず死んでいきます。
いま認知症を患う高齢者の皆様方にも、かって遠い昔、希望あふれる青春の輝きや恋愛して家庭をなし、社会的地位も得て、順風満帆の充実した過去があったろうと推察します。
そして、いつしか年を重ねるうちに、過去という失った欠けがえのない人生時間(記憶や思い出)を喪失していく認知症(脳の病気)を発症していきます。
認知症には、要支援1・2、要介護1~5までの介護度と症状により認定区分さますが、本人とその家族そして担当するケアマネージャーの知見と認定申請で、認知症の度合いと介護のレベルが審査され決定されます。
私たちの介護施設(デイサービス・小規模多機能ホーム)にも、多くの認知症高齢者の方々が見えています。
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昔は、大手地方銀行の支店長であったご老人は、要介護3の認知症‥今でも預貯金の一切を肌身離さず、ともに暮らした家族からも疎まれ、一日中施設の玄関のイスに座り、顔をしかめて「‥帰る‥帰る」と繰り返しつぶやいておられましたが、介護に疲れた家族の拒否に合い希望はか叶いませんでした。
華麗な身なりの裕福な家庭の老婦人も、レベル3の認知症です。
隣りに座る方とのコミュニケーションができず、いつもイヤミを言い、人の物を自分のポケットに入れ(すべてご自分のものとの誤認からきているので盗んでいるわけではない)何か言われると「いくら欲しいの?いくらでも払う。10万円?」と鉛筆一本のことで言われています。
対照的なのが、90歳になられるご老人で、要介護2の男性です。
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いつも穏やかで、回りに気を使われ、居合わせたおばあさんたちとおはじきやトランプに興じられ、いつも‥ワッハッハ‥ワッハッハと笑顔いっぱいです。
この方の人生も戦前・戦中・戦後を生きて艱難辛苦(かんなんしんく)の人生であったろうと推察しますが、微塵にもそんな素振りを見せられません。
この方は、この施設で介護サービスを受ける高齢者の皆様や介護のお世話をするスタッフたちとの日常生活をネタに、ユーモアとウィット溢れるやさしい言葉で替え歌をたくさん作られています。
その替え歌を歌謡曲のメロディに合わせ全員が大声で唄い‥ワッハッハ‥ワッハッハと誰も皆な大笑いです。
この方は、高齢者の皆様方やスタッフたち全員から慕われておられます。
高齢者の最期は、その方が生きた人生の集大成なので、幸不幸のありようには個人差があり千差万別です。
いま、目の前にある現実に「明日は、わが身」の姿を想像しながら、高齢者の皆様方のお相手をしています。
by blues_rock | 2012-01-27 01:18 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)