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心の時空

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a day in my life

忌野清志郎(RCサクセション) ‥ 雨上がりの夜空に

忌野清志郎を偲び「雨上がりの夜空に」を聴きながら書いています。
忌野清志郎は、2年半前に亡くなりましたが、今夜もどこかで盟友のギタリスト仲井戸麗市に「オーケー、チャボー‥」と声をかけライブをしているような気がします。
2011年(昨年)12月2日に、彼の「君が代ロック」を話題にしましたが、今夜は、忌野清志郎(とRCサクセション)について少し書きたいと思います。
忌野清志郎は、オリジナリティ溢れるOne&OnlyのRockを歌い、常にJ-Rockの前衛であり、象徴でした。
a0212807_15364980.jpg忌野清志郎(1951~2009没、享年58才)の歌を初めて聴いたのは、福岡市民ホールの井上陽水コンサートで前座を務めた時と記憶しています。
当時は、まだフォークソングを歌うRCサクセションでした。
1973年の井上陽水アルバム「氷の世界」が、記録的な大ヒット、アルバム収録の「帰れない二人」・「待ちぼうけ」の2曲は、忌野清志郎と井上陽水との共作でした。
忌野清志郎は、R&B、オーティス・レディング、ビートルズの影響を大きく受けていました。
1966年中学生の時、仲間とクローバーズを結成、1968年RCサクセションとなりプロデビュー、1971年に仲井戸麗市(愛称チャボ)がギターで加入し、1978年頃から忌野清志郎(とRCサクセション)のロックができました。
忌野清志郎の曲(作詞・作曲)をRCサクセションがアレンジし、自分たちでレコーディングするという当時としては、異色のロックバンドでした。
そして「雨上がりの夜空に」・「トランジスタラジオ」・「君が僕を知っている」・「キモちE」など数々の名曲をリリース、ヒットさせました。
忌野清志郎のステージ・パフォーマンスが、グラムロック風となり、メークアップした顔、ド派手な衣装、激しく動き回る印象からRCサクセションをパンクロックと呼ぶ人たちもいましたが、彼らはロックの前衛であり、日本語の歌詞をロックのビート・リズム・メロディにのせて、オリジナリティ溢れるロックを歌った数少ないバンドでした。
a0212807_1391599.jpg忌野清志郎(とRCサクセション)が、パンクロックであったことはなく、海外のロックミュージシャンや外国人プロデューサーたちは、忌野清志郎(とRCサクセション)のロックを高く評価しており、忌野清志郎の作詞についても作家や作詞家たちから高く評価されました。
無責任で一方的なマスコミを批判し反戦・反核を貫き、無能な政治批判、児童虐待への抗議、差別反対、反権威・反権力と幅広く、ドラッグやセックス、社会的・政治的なメッセージ性のある言葉をダブルミーニングにして詩にするセンスに忌野清志郎の才能と面目躍如たるところがありました。
タブーを破る過激な歌が、放送禁止になったり、CDが発売中止・禁止になったりする事件も多発、テレビ生番組放送中、ラジオ番組放送中のトラブルも数多く、日本ではめずらしい筋金入りの本物のロックンローラーであると思います。    (上の写真は忌野清志郎が描いた自画像)
忌野清志郎は、人にやさしくシャイで、いつもギターを放さず反権力・政治的なロックを聴かせてくれました。
アルバム「夏の十字架」で、彼が歌った君が代ロック(ライブ)は、反骨と愛国精神に溢れる忌野清志郎ロックの真骨頂と言えます。
忌野清志郎、享年58才‥「雨上がりの夜空に」を聴きながらご冥福を心から祈りたいと思います。
by blues_rock | 2012-01-12 01:26 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)