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チェ 28歳の革命(CHE part-1)  シネマの世界<第39話>

20世紀の英雄で偉大な革命家であった「チェ・ゲバラ」へのスティーヴン・ソダーバーグ監督のオマージュとチェ・ゲバラを熱演したベニチオ・デル・トロの情熱と入魂の演技が創りあげたリアリズム感溢れる傑作映画です。
a0212807_10435995.jpgカンヌ国際映画祭で主演のベニチオ・デル・トロは、最優秀主演男優賞を受賞しています。
アルゼンチン人チェ・ゲバラ(1928~1967没、享年39才)は、メキシコで亡命キューバ人のフィデル・カストロと運命的な出遭いをしました。
二人は、意気投合し革命の同志82名とキューバへ侵入‥1956年アメリカの傀儡バチスタ政府軍2万と激しい戦闘で生き残ったのは、わずか12名、彼らは山に入り同志を増やし激しいゲリラ戦の末1959年キューバ革命を成就させました。
映画「チェ28歳の革命」は、天性の革命家チェ・ゲバラをドキュメンタリーのように撮影し、革命に情熱を燃やす一人の男の人間像を描いています。
彼は、子供の頃から重度の喘息であったせいか、アルゼンチンの大学では医学を学んでいます。
学生時代オートバイで中南米を旅行し、そこで見たものはアメリカ(CIA)の傀儡(かいらい)独裁政権に抑圧され収奪されている貧しい農民や民衆の姿でした。
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生来の読書家であったチェ・ゲバラは、マルクスやトロッキーを知り、彼らの思想や理論を学び、清廉で潔癖な理想主義肌の実践的革命家になっていきました。
a0212807_10562188.jpg彼は、キューバのNO.2となっても‥国際共産主義の同盟国であり支援国のソ連から生活物資や経済援助を受けていながら公然とソ連を非難し、アメリカのようにキューバを略奪していると抗議しました。
1965年、キューバ革命の同志であり盟友のカストロに「別れの手紙」を書き残し、突然と消息を絶ち、自分を必要とする次の革命の地に向かいました。
1959年ゲバラは、キューバ使節団を率いて日本を訪れています。
大阪では予定を突然変更し、ホテルを抜け出し夜行列車で広島を訪問しています。
ゲバラは、日本人記者の取材に「日本人はアメリカに対して原爆投下の責任をなぜ問わないのか」と言ったそうです。
彼は広島の原爆をキューバに伝えました。
それ以来キューバでは、小学校の初等教育で広島・長崎の原爆を取り上げているそうです。
1967年ケバラは、ボリビア革命を成功させるため山中に潜み、ゲリラ戦で抗戦、そのことで体力を消耗させ、持病の喘息の悪化もあってCIAの指揮を受けた政府軍に捕まり即刻処刑(暗殺)されました。
a0212807_10592151.jpgゲバラは、射殺命令を受け怯(ひる)む政府軍兵士に向かって「恐れるな、早く撃て!ちゃんと狙って撃て!」と告げたそうです。
チェ・ゲバラは、いまでも世界中の至るところにある彼の肖像とともに永遠の革命家として語り伝えられていくことでしょう。
CHE part-2に続く)
by blues_rock | 2011-12-20 05:40 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)