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心の時空

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a day in my life

無言館の戦没画学生

信州(上田市)の山里、塩田平の丘陵地に窪島誠一郎氏(1941~)が、1997年創設した戦没画学生慰霊美術館「無言館」はあります。
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それより遡ること1979年に私財を投じた「信濃デッサン館」(下の写真)をオープンし、自分のコレクションである夭折の画家の作品を展示しています。
a0212807_0362345.jpgこの美術館の外観も雰囲気あるものですが、庭から眺める信州の遠景も美しいものでした。
「信濃デッサン館」に4回、「無言館」を3回訪れましたが、何度行っても感動する美術館です。
「無言館」は、「信濃デッサン館」よりさらに奥の山の頂にあり、十文字の建物でコンクリート地肌のままヨーロッパ中世の僧院の雰囲気があります。(最下段の写真)
a0212807_037257.jpg野見山暁治画伯が書いた鎮魂録「祈りの画集」にうたれて「無言館」の創設を考え、野見山画伯と全国の遺族を訪ね画学生30数名名300数十点の遺作・遺品を展示しています。
一点一点作品を見ていくうちに‥生きたいと願い、理不尽と無念な思いを内に秘め死んでいった戦没画学生の遺した作品に、目頭が熱くなってきます。
美術館にいると、彼らの魂が無言で語りかけてくるものを感じます。
これと同じ感覚を「知覧特攻平和会館」(鹿児島県知覧)で感じました。
そこにも同じ無念のうちに特攻という非業の死を選ばざるをえなかった若い特攻隊員1,036遺影と4,500点の形見の写真・遺書・遺品が展示されていました。
とくに10代後半から20代前半という若い特攻隊員が、出撃する前に書いた“遺書”には、胸打たれます。
私の父親も知覧で特攻予科練生として訓練に明け暮れ、出撃を待っているうちに終戦となったようで、生涯そのトラウマ(心の傷)は、癒えなかったようでした。
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                <無言館の内部‥戦没画学生たちの作品展示風景>
若い特攻隊員の心中は、愛する妻子、両親・恋人を残して逝かなければならない理不尽な無念の死を納得していたとは、到底思えません。
a0212807_0383270.jpg特攻を ‘散華’ と呼び死んで靖国に英霊として祀られても、自分の悲惨な現実・残酷な運命を了解していたとは、決して思えません。
2度ほど訪ねましたが、生きている私たちは「特攻は、彼らが望んだことではない。」という事実を、決して忘れてはならないと思いました。
by blues_rock | 2011-11-24 00:47 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)