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心の時空

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a day in my life

死刑制度~殺人狂時代

映画「殺人狂時代」(1947)は、映画人チャーリー・チャップリン(1889~1977享年88才)が58才の時、制作・脚本・監督・音楽・主演した映画です。
まさしく映画の天才チャーリー・チャップリンの面目躍如です。a0212807_20144930.jpg
映画は、自分の欲望(お金と女)のために、次々と人を殺し死刑となる一人の男のシリアスな物語です。
「一人の殺害は、犯罪者を生み、百万の殺害は、英雄を生む。数が殺人を神聖化する。」・「大量殺人者としては、私などアマチュアだ。」・「殺人はビジネス、小さい規模では上手くいかない。」と死刑台に向かう途中、男は言います。
平和主義者・人道主義者で、反権力であったチャップリンは、この映画が封切られた頃共産主義シンパの烙印を押され1952年レッドパージにあい、アメリカを国外追放され晩年はスイスで暮らし死去します。
彼は、この映画を自分の最高傑作と思っていましたが、チャップリン映画の中での興行成績は、一番悪かったそうです。
日本も殺人狂が、氾濫する時代になりました。
なんともやりきれない極悪非道、残忍卑劣な殺人事件が、後を絶ちません。
運悪く偶発的な殺人の被害に遭われた方(死者)の無念さと遺族の方々の深い悲しみやはけ口のない憤りは、如何ばかりかと思いますが、同情など何の足しにもなりません。
殺人事件は、警察・検察が立件し、裁判所の判決で最終的に刑法による殺人罪が確定、その殺人罪に対する罰として刑が課されて執行されます。
日本の法律では「極刑を以ってあたる」刑が、殺人を犯した者にとって一番重い刑で死刑となります。
これが死刑制度です。
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                       映画「殺人狂時代」のワンシーン 
私は、死刑制度の存続を支持します。
死刑制度を巡っては、賛否両論ありますが世論調査(毎日新聞2007年12月)では、国民の9割が死刑の存続を支持しているという結果を考えると、やはり国民は、死刑制度による殺人の抑止効果を期待しての意思表示と思います。
裁判三審制により殺人罪の量刑が確定するまで10年以上の歳月を要することもあり、被害者遺族の悲しみが、癒えることはありません。
まして理不尽な殺人被害に遭われた方(死者)の人権を誰が主張し、墓の中からの憤怒の叫び声は、のほほんと生きている者の何人に届いているのでしょうか。
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裁判所の前から中継です‥と傲慢な社会正義を振りかざす無神経なマスコミも問題です。
視聴率に振り回され、人の不幸を喰いものするワイドショーTV‥悲嘆の涙に暮れる遺族に「今のお気持ちは?犯人に言いたいことは?」と無神経にマイクを差し出し下らない質問をする愚鈍なレポーター‥「犯人から反省の弁も謝罪の言葉ありません。」とさも自分が直接尋問したかのような阿呆なアナウンサーなど‥殺されてさぞ無念であろう非業の死は、ダレが償うのかと彼らに問い続けたいと思います。
また死刑廃止を訴える人たちのヒューマニズムも愛する家族を突然失った人たちの悲痛の前に説得力はありません。
なぜなら殺人犯の中には、人を殺す快楽に痴れ、殺人を趣味としている者が、現実にいるからです。
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何かといえばすぐに精神異常者と決め付ける人たちも単細胞です。
すぐに精神鑑定へもちこもうとする弁護団の常套手段にも疑問を感じます。
現在死刑が確定し、死刑執行を待つ死刑囚は120人余り‥法務大臣の任にでありながら法(刑法に基ずく死刑)の執行にサインしない怠惰で臆病な政治家にも問題があります。
確かに、濡れ衣で死刑判決を受けた可能性のある冤罪への徹底した再審制度は、絶対に必要です。
殺人者が、無期懲役刑で服役しても恩赦減刑で、やがて刑期を終えて刑務所から社会に出てくるのも、犯人への憎しみと愛する人を喪失した悲しみが癒えない被害者家族の神経を逆なでします。
そんなことも含めて死刑廃止か存続か‥新たに「終身刑」の検討も含めて、国民みんなで時間をかけて議論し尽して‥国民投票による国民の総意で決めれば良いと思います。
by blues_rock | 2011-10-02 04:22 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)