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心の時空

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a day in my life

浮世絵の話

先日、デイサービス介護施設の絵の時間に「浮世絵の話」をしました。a0212807_1302627.jpg
浮世絵が、なぜ海外で有名なのか、鎖国していた日本文化の浮世絵が、なぜヨーロッパ芸術に大きな影響を与え、ジャポニスムブームのきっかけを作ったのか‥そのわけは「磁器」にありました。
江戸時代、日本の重要な輸出品の一つに磁器があり、浮世絵はその高価な磁器を包む紙として、たくさん利用され、茶箱に入れられ、長崎に近い伊万里港から磁器類と一緒にヨーロッパへ送り出されました。
それが、日本の浮世絵をヨーロッパ(海外)で有名にしたことなど浮世絵の裏話(春画‥枕絵のこと)も交え、代表的な浮世絵の画像を見ていただきながら4人の代表的な浮世絵師を紹介しました。
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寛政6年(1794)、第11代将軍徳川家斉(家老松平定信)治世の江戸に、浮世絵師東洲斎写楽は突然すい星のように出現しわずか10ヶ月140数点の浮世絵を残して忽然と姿を消しました。
a0212807_1322322.jpg当時の江戸には、元禄時代の華やかな面影はなく、庶民の暮らしの賑わいも失せて、幕府の厳しい倹約令や言論・風俗などへの統制弾圧で、暗い世の中になりつつありました。
写楽の活動期間が短かいのは、幕府から弾圧された歌舞伎の役者絵であったこと、役者の個性と特徴を大胆にデフォルメ(強調)した芸術性が当時の庶民には受け入れられずに、売れなかったからだ言われています。
躍動感溢れる役者絵は、時代を超えていまでも世界中の人々の目に強烈な印象を与えます。
ヨーロッパでも肖像画家として高い評価を得ていますが、一切が謎に包まれた浮世絵師でした。
葛飾北斎は、宝暦10年(1760)江戸に生まれですが、他の浮世絵師に比べると遅咲きです。
北斎の名を有名にしたのが、「富嶽三十六景」で、73才の頃の作品です。
北斎は、自分の回りにある万物をリアルに描くことに執念を燃やし(作品は北斎漫画として有名)、年老いてもa0212807_1323472.jpg
なお制作意欲は衰えず90年の生涯に数多くの作品を残しました。
1999年米ライフ誌が選んだ「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」に、日本人で唯一人選ばれています。
喜多川歌麿は、北斎・広重・写楽とならび世界的に有名な浮世絵師です。
歌麿もその生涯は、実はよくわかっていません。
版元蔦谷重三郎に見出されて、寛政期に入り江戸で評判の町娘や人気遊女たちを艶っぽく描いて、浮世絵美人画の第一人者として有名になりました。
海外では、ウタマロは「春画(‥枕絵いまのポルノ)」の代名詞でもあります。
封建制度の江戸時代にあって、元禄の日本文化は大名も庶民も自由な心で精神を解放し芸術を謳歌していました。
歌麿以外の浮世絵師たちも競って多くの「春画(枕絵)」を描いています。
寛政の幕政による倹約令・思想表現の弾圧にあっても、歌麿は屈せず常に新しい表現で浮世絵を発表しました。
a0212807_13232558.jpg文化元年(1804)には風俗取締りの刑に処され、絵を描けないように手鎖50日の刑を受けその2年後に亡くなりました。
歌川(安藤)広重は、寛政9年(1797)江戸に生まれ15才の時に歌川豊広の門下となり初め美人画や役者絵を描きました。
やがて数々の風景画を制作して、人気浮世絵師として有名になりました。
「東海道五十三次」(全55図)が大ヒットし、以降数々の東海道の風景画を描きました。
花鳥画にも詩情溢れる傑作があり、独特の視点と豊かな感性で描き、ゴッホが感動し模写したことでも知られています。
まあ‥そんな浮世絵のよもや話をいたしました。
by blues_rock | 2011-08-11 20:43 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)