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心の時空

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a day in my life

核爆弾を投下された日本人永遠の記憶(前編)‥8月6日広島

わずか66年前の1945年(昭和20年)の今日8月6日、アメリカ軍は日本国民に対し人類大量殺戮兵器である核爆弾(ウラン原子爆弾)を広島市中心地に投下しました。
広島市は一瞬にして廃墟になり、広島市民は人類史上初の悲惨な核被爆市民となりました。
広島市街の被害と惨事・放射能汚染が甚大なものであることをアメリカ軍は先刻承知していたにも関らず、その3日後にさらに破壊力のあるプルトニウム核爆弾を長崎市に投下しました。
人類が人類に対して、絶対に使用してはならない悪魔の兵器、核攻撃を日本国民は2度までも受けました。
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アメリカ軍の核爆弾使用の目的は二つ‥一つは、新兵器原子核爆弾(2種類)の破壊威力実験でした。
アメリカ政府は、早期戦争終結のためであると釈明していますが、当時の日本の主要な都市は、すでに焼夷弾空襲で焼け野原にされいました。
当時の日本はすでに国家として死に体でしたから、無条件降伏はもはや時間の問題でした。
もう一つは、国際共産主義をテーゼとして覇権を拡大していたソ連と中国への警告として、共産主義勢力の目の前(極東アジア)で、核爆弾の破壊力とアメリカの軍事力を誇示し威圧したのです。a0212807_2047627.jpg
66年前1945年8月15日、日本は無条件降伏し敗戦、民族虐殺(ジェノサイド)のような地獄絵図を目の前に見ながらの悲劇的な敗戦でした。
アメリカ軍は沖縄を焼き、首都東京を焼夷弾で絨毯爆撃し、8月6日非戦闘市民の住む広島市にウラン核爆弾、次に8月9日長崎市にプルトニウム核爆弾を投下し市街地を焼け野原にしました。
確かに当時の日本国民は、戦争の被害者でしたが、アジアの人たちに対しては侵略戦争の卑怯非道な加害者でもありました。
当時の日本国民は、軍部の支配する軍事独裁政権下の全体主義国家だったとはいえ、今では考えられない偏狂な思想と卑劣な行為の強制をしていました。
そして全面無条件降伏を受け入れ、日本国民が悲惨な代償を払って獲得した現在の私たちの自由と繁栄そして平和です。
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日本国憲法は、日本国民の血と涙でできています。
敗戦という代償を払って私たち日本人が獲得した自由・人権・平等・平和の象徴が、日本国憲法です。
日本人の負うべき敗戦の責任は、日本に住み生活する全国民が(当然日本国籍を取得した外国人も)未来永劫負い続けるべきもので、悲惨な敗戦を対価に獲得した日本国憲法の平和理念を世界のスタンダードにすることです。(8月9日長崎へ続きます)
by blues_rock | 2011-08-06 20:38 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)