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心の時空

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a day in my life

西行と璋子(エピローグ)

西行の中宮璋子(たまこ)への悲恋物語のエピロークです。

 吉野山
   去年(こぞ)の枝折(しお)りの
     道かへて
  まだ見ぬかたの
    花をたずねむ (西行)

西行は、18才の頃佐藤義清(のりきよ)と名のり、北面武士(ほくめんのぶし:白河法皇創設の御所警護役)として院の御所を警護していました。
まだ10代の若い武士佐藤義清(西行)は、御所の御簾(すだれ)越しに、時おり垣間見る30代半ばの待賢門院璋子(たいけんもんいんたまこ)に気が狂わんばかりの恋をしました。
その頃の璋子は、鳥羽上皇の中宮にして白河法皇の愛妾でしたから、その身分の差は天と地ほどで禁断の恋以外の何ものでもありませんでした。
若い恋は、禁断であればあるほど心を熱くします。
10代後半の身分の低いボディガードの青年が、主人であるアラフォー前の色香漂う高貴な女性(中宮)に横恋慕し、ラブレター(和歌)を書き続けました。
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早熟で少女時代から恋多き璋子は、17才年下の西行の一途な恋の情に絆(ほだ)され一夜の契り(‥たぶん)を結びました。
そして恋愛に手練れ多情な璋子は、その後も自分に恋焦がれる若い西行に「あこぎ」と歌を返しました。
当時「あこぎ(阿漕)」とは「しつこい・あつかましい・図々しい」という意味でした。
ここまでくると‥シリアスな恋愛映画のシナリオが一本書けそうな気がします。
待賢門院璋子を恋慕い続けること数年、北面武士の佐藤義清はついに23歳のとき出家しました。
仏に仕え、西行と名を変え、畿内山中の草庵で璋子への思慕(失恋)と花鳥風月の情景に自分の心(もののあわれ・わびさび)を託して、数多くのすぐれた歌を詠みました。
しかしこの歌からは、西行の心の変化を感じ取ることができます。
どんな恋にも、終わりはあるものです。
by blues_rock | 2011-07-27 23:29 | 人生/愛(Love) | Comments(0)