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心の時空

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a day in my life

認知症の理解について‥筑紫里子さんからの手紙

去年の秋、歌人であり高齢者介護界の先駆者である筑紫里子さんから手紙をいただきました。
高齢者介護施設で認知症の方々相手にオタオタしながら働いている私を心配され、介護保険制度に疎(うと)く生来の粗忽(そこつ)さや他人(ひと)への気配りのなさを良く知っておられる方だけに、何かと気がかりで居ても立っておられなかったのだろうと推察します。
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(ご本人の承諾を受け前文省略し本文をご紹介します。)
私は、まだホームヘルプという言葉さえなかった時代から30数年、老人介護・障害者(児)介護に携わって参りました。
そして2000年「介護保険制度」が創設され、ボケ老人と呼び捨てられた方々は、認知症高齢者となり、要介護老人は介護事業のお客様となりました。
40歳以上の日本国民は、介護保険料を払うことになり、その介護保険料の財源のもと、たくさんの民間高齢者介護事業所ができました。
「サービスの措置」の時代が終わり、国民は介護サービスを選んで利用できる時代となり、どこの事業所もそれぞれの理想・理念を掲げて、要介護高齢者とその家族のニーズに応えながら、自らの介護事業の経営・運営に努力しつつ成長してきたと思います
私も、現在のデイサービス施設を平成17年2月1日に開設しました。
当時、私は、事業経営について全くの素人で、ただただ自分自身の思う理想・理念の実現と自らが高齢者介護現場で楽しく働きたいという思いばかりが強く、徒手空拳ながらデイサービス事業を始めて早7年本当に楽しくやりがいを感じています。a0212807_13112244.jpg
人は、みな誰でも高齢老弱になり、当然いずれ誰かの支え無くしては生きられなくなります。
行き場のない無縁孤独なお年寄りの方や人としての尊厳が守られにくい環境におかれ生きる情熱を失ってしまわれる方など、個人や血縁家族の中だけでは解決できない多くの問題が、高齢者介護の現場には山積しています。
当時の私は、これまで働き学んできた経験を活かし、ご縁あって出会えたお年寄りの方と楽しく人生の終わりまで共に過ごすことができたらいいなとくらいに考えていました。
引きこもりの方、日常生活動作の低下している方、不安による行動障害があって昼間独居の方、徘徊がある方、お友達もなく話し相手も趣味もなく不活発な方‥またいろんな認知症状のある方々にご利用いただく中で、今までにたくさんのご家族との出会いがありました。
デイサービスは、在宅サービスですから在宅支援です。
高齢でも可能な限りご自分の自宅(在宅)で暮らすことができるよう介護支援することを目的としています。
人は成人して働き、そして家庭を成し子供を育て、やがて職場で定年を迎えます。
ほとんどの人たちは、高齢になると有無を言わさず社会の第―線からはずされ、職を失い収入を失い、人間関係を失い、体力を失い、身体機能を失います。
「年をとるということは、喪失の体験の連続だ」と言われます。
そして介護が必要になった時、その方を取り巻く様々な事情から嫌でも自宅を離れ、施設に移り住まなければならなくなります。
そうして高齢者は、長年住み慣れた家も暮らした地域も失います。
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見慣れた家のまわりの風景も、懇意にしていた街の店も、住み慣れた部屋はもちろん大切にしてきた家具も蒲団も、家族や親しい友人からも離れ、ひとり施設へ移らねばならない高齢者も多いのです。
それがどんなに不安で寂しいことか‥想像しただけでも悲しくなります。
昼間のデイサービスだけでは、高齢者の在宅支援には限界がありました。
在宅支援ということは、高齢者その人を支えると同時に、高齢者を抱える家族を支援するという「家族支援」の視点も、忘れてはならない重要なポイントです。
いま私たちが思う「自宅に住まう」という普通で当たり前のことが、やがて誰であっても支援・介護者なしでは暮らせなくなる時が必ずきます。
自分ひとりの意思では、何もできなくなります。
「老老介護」・「認認介護」・「無縁社会」は、私たちの身のまわりにたくさんあります。
明日はわが身‥将来の私自身も例外ではなく、他人事ではありません。
私のデイサービス施設でも「ぽっくり逝きたい」が、自分の願いだと言う方が、何人もおられます。
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人はみな必ず死ぬものでしょうが、一生懸命に生きた果ての最期の生が「老老」か「認認」か「無縁孤独」か‥あるいは施設に入所し四六時中管理された団体生活かでは、あまりにも悲しいものがあります。
施設入所の契機として、ご家族からよく聞く言葉が「介護が重くなる将来に備え施設にいくつか申し込んでおりました。施設からの連絡で入所順番が来た時、今断ると次はいつになるかわかりませんよと言われ、まだ早いので可愛そうですが、施設に入所させることを決めました。」で返す言葉がなく、自分の非力を何度も経験しました。
悲しいことは、お年寄りが「自分の人生最期の重大なことを自分の知らないところで決められている」ことです。
自分の人生が、自己決定されていないことは本当に残念でなりません。
デイサービス通所最後の日、ほとんどの方が「入所する施設は、いいとこみたいですから安心です。」と家族をかばい、自分に言い聞かせておられます。
そのたびに、私は目頭が熱くなり、つらくなります。
当然のことながら、私たちは介護家族の苦しみと悩みを理解しなければなりません。a0212807_13132633.jpg
認知症の高齢者をかかえる家族の精神的な負担は計り知れず、先の見通しも立たず、認知症のさまざまな周辺症状が昼夜かまわず現れたら「病気だから怒ったらいけません。」と言われても、そう簡単に冷静に受入れられなくなるでしょう。
家族が生活できなくなれば、認知症高齢者の在宅生活の継続は、難しくなります。
本人に自己決定権はなく、家族の意思決定に従わないと生きてゆけない現実を受入れさせられ、慣れ親しんだ自宅での生活を諦めさせられるのです。 
家族も生活に追われ、そしてそれぞれに自分の人生があります。
家族は、認知症高齢者を抱えて苦しみ、身内であるがゆえに家族の中だけで問題を抱えこみ解決しようとします。 
まず、治癒の見込みがないということが受け入れられません。
そして認知症高齢者の理解できない行動に苛立ちながら、病気回復の見通しもないまま絶望と孤立で次第に疲れ果ててゆきます。
私のデイサービス施設の職員たちも、認知症高齢者とその家族のご苦労を知るにつけ、解決できない幾多の問題や課題の前になすすべもありませんでした。
そして何度も話し合いを重ねた結論が、認知症高齢者介護に行き詰まった家族の重い負担を少しでも軽くしてあげ、在宅生活を強く望まれる多くの要介護高齢者の願いに応えるために「小規模多機能型居宅介護事業所」建設を決意しました。
地域の中で「通う・泊まる・訪問してもらう」という24時間365日の介護のサービスの形は、要介護高齢者とその家族の間に適度な距離を保つことができ、家族の中だけの介護から解き放ち、介護家族に安心とゆとりをもたらすことになると確信しています。a0212807_13143363.jpg地域介護が叫ばれていたのを私は30数年ほど前から知識としては知っていました。
それが「小規模多機能型居宅介護」という形で世の中に現れたことが今感無量です。 
そして認知症高齢者であっても、できる限り地域のなかで自宅に住み続けることを可能にする「小規模多機能型居宅介護」は、私くしの身近な方々を含め、自分自身にとりましても福音のような気がしております。 
「これからは地域介護サービスだ」と言われてもチンプンカンプンだった30数年前から現在に至り、わが国は超高齢社会といわれる長寿の時代を迎え、まわりの人たちの家族も私くし自身を含め、高齢者介護の問題に真剣に向き合わなければならなくなった今になってその意味がやっと理解できます。
地域介護サービスは、これからの新しい介護サービスの形だと思います。
新しい介護サービスの確立には、理想と現実との間で思考錯誤しながら、これから幾多の困難が待ち受けているかも知れません。
それでももう私たちの小規模多機能型居宅介護施設の建設は始まり、お客様・家族・地域住民の熱い期待の中で、槌音高く急ピッチに進められています。
私たちの新しい地域介護サービスの取り組みに多くの方々から温かいご支援をいただき高齢者の皆様の笑顔に励まされながら「和み寛ぎ安らぎ穏やかな在宅生活ができる介護施設」になりたいと願っています。

耳納山(みのうさん)は  父母(ちちはは)の山
常に仰ぎ  常に忘れて    今に恋しき
筑紫里子
by blues_rock | 2011-07-26 20:20 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)