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心の時空

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a day in my life

ある結婚の風景

昨日「夢の傷痕(あと)」を書きながら‥その昔見た映画のラストシーンを憶い出しました。
1974年に公開されたスウェーデンの映画「ある結婚の風景」です。
監督は、20世紀を代表する世界的な名匠イングマル・ベルイマン(1918~2007)で長編映画(2時間48分)ながら見ごたえある秀作でした。
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映画「ある結婚の風景」のオリジナル版は、スウェーデンTVのドラマとして制作された作品で5夜連続全5時間の長編ドラマでした。
ドラマは“延々と続く夫婦げんか”‥激しい口論の末にお互いつかみ合い殴りあう中年夫婦の諍(いさか)い合うストーリーでした。
こんな他愛のない犬も喰わない夫婦ゲンカ物語を5夜連続の5時間ドラマとしてTVで放送したらスウェーデンでは、相当の高視聴率だったそうです。
1960年~1970年代のスウェーデンは、フリーセックス(福祉社会の自由な思想がそう誤解されていた)の国と思われていましたが、当時からすでに成熟した大人の社会(成人の男・女が均等な社会)だったのです。
私は、TV・映画ともに見ましたが、いやいやズシリと心に応えました。
映画は、ベルイマン監督がTVドラマ用に撮影したフィルムを劇場用に編集カットし、長編の秀作映画に仕上げました。a0212807_2424543.jpg
まるで実の夫婦のようなリブ・ウルマン(妻の役)とエルランド・ヨセフソン(夫の役)の演技がすばらしく、夫婦ゲンカの感情むき出しのリアルな演技にじっと見入りました。
映画の夫婦には、娘二人がいて四人家族‥平和で満ちたりた幸福な家庭生活を送っていました。
ある日、このオシドリ夫妻の家族は模範的な家庭として地元新聞の取材を受けました。
その新聞記事を見た夫妻は「自分たち夫婦のあまりのつまらなさ」に愕然としました。
やがて夫婦の間に次第に亀裂が生じていきました。
ベルイマン監督は「神の存在と沈黙」・「愛と憎しみ」・「生と死」など、人間の根源に迫る主題で映画を撮り続けた名映画監督でした。
「ある結婚の風景」では≪結婚≫を忍耐・惰性・諦め・孤独などヒリヒリするような痛みをともなう切り口で鮮烈な映像にしました。
夫婦二人それぞれに、個(ひとり)の人間の本性(欲望とエゴ)を剥(むき)き出しにさせ、愛(という曖昧な感情)を持続させることの難しさを、ベルイマン哲学としか言いようのない執拗(しつよう)さで、男と女の本性を抉(えぐ)り出しています。
a0212807_2433457.jpg私はこの映画のラストシーンが、忘れられません。
いまでは少し記憶が、曖昧ながら、胸を抉(えくら)られるような思いでした。
映画のストーリーへ話を戻します。
夫婦は、激しい諍(いさか)いの末に、離婚しました。
離婚した二人は、その後いろいろな異性と出会い別れ、やがてそれぞれの新しい伴侶を見つけ再婚しました。
長い歳月が、過ぎたある日、二人は、偶然再会し、いつしかお互いの伴侶に隠れて密かに会うようになりました。
元夫婦ながら、今では、再婚していますので、密かにデート(いわゆる不倫の関係)する後ろめたさを持っていました。
二人は、友人の別荘を借りてベッドをともにしました。
ベッドで抱き合い眠るひと時が、二人の安らぐ時間でした。
彼の胸の中で、彼女は眠っていました。
彼女は、夢を見ていました。a0212807_2453028.jpg
昔のように夫と娘二人、彼女は幸せいっぱいで、家族と山にハイキングに行っていました。
夫と娘二人は楽しそうに、自分を置いてどんどん先に行き、小さな橋を渡った向こうの丘に立っていました。
彼女は、家族の後を追い、小さな橋を渡ろうとした時、下は深い谷であることに気がつきました。
谷の向こうで夫と娘二人は「早くおいで、早く」と手招きしていました。
彼女は、小さな橋を渡ることが怖く、不安でした。
彼女の足はすくみましたが、勇気を出して橋を渡ることにしました。
バランスをとり、少しずつ橋を渡り始めました。
途中まで渡り、もう少し手を伸ばせば、家族の手に届きそうでした。
その時、彼女はバランスを崩し、身体が傾きました。
自分の足元の小さな橋を見ると、丸い木を倒して置いているだけの橋でした。
ああっ、谷底に落ちると咄嗟(とっさ)に、家族の手に捕まろうと彼女は一生懸命手を伸ばしました。
だが‥彼女は、その時初めて自分に両腕がないことに気づきました。
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彼女は、悲鳴をあげ、絶望的な恐怖の夢から覚め、ベッドの上で怯(おび)えて震えていました。
彼は、驚き泣き叫ぶ彼女をやさしく抱いて慰めます。
「悪い夢を見たのだね。大丈夫、ボクはここにいるよ。そばにいるから安心して眠りなさい、大丈夫、ここにいるから‥」とやさしく髪を撫でながら抱いていました。
ここで映画は、終わります。
「ある結婚の風景」のラストシーンこそ、ベルイマン監督が自らの哲学「人間の孤独と愛の本質」について映画を道具に映像表現したものと私は思っています。
by blues_rock | 2011-07-19 02:46 | 人生/愛(Love) | Comments(0)