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心の時空

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a day in my life

マージービート‥リバプールのロックンロール

今ではリバプールといえば、ビートルズの出身地として有名な街ですが、かってイギリスの音楽僻地で、労働者階級の人々が暮らす港町でした。
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1950年代半ば、港町のリバプールには、アメリカ黒人音楽をルーツとするブルース・R&B・ロックンロールが、いち早くラジオやレコードを通して入ってきていました。
a0212807_0551248.jpgその新しいアメリカ音楽をリバプールの労働階級の若者たちは、人種による音楽の違いとか伝統に関りなく素直に感動できて、気持ちを躍動させることのできるビート音楽として熱狂しました。
1960年代になるとリバプールの若者たちの間から次々にロックンロールバンドが誕生しました。
ビートルズ、サーチャーズ、ジェリー&ペースメイカーズ、スインギング・ブルージーンズ、ピーター&ゴードン、フレディ&ドリーマーズなど、ビートルズの陰に霞んでいますが、多くのバンドが当時活躍していました。
そのリバプールを流れるマージー川の名に由来して、いつしかマージービートと呼ばれるようになりました。
a0212807_0552737.jpgロンドンやマンチェスターなどのバンドも含めるとブリティッシュビートと呼ばれ、ローリング・ストーンズ、フー、ヤードバーズ、キンクス、アニマルズ、ホリーズ、ゾンビーズ、デイブ・クラーク・ファイブなど蒼々たるバンドが活躍していました。
イギリスで進化したロックンロールは、アメリカに逆上陸しアメリカの若者たちの間に瞬く間に浸透し、アメリカ中を熱狂させます。
当時ビルボード・トップ100の中にイギリスのバンドの曲が半分以上を占めたこともあり、ブリティッシュ・インヴェイジョン(イギリスの侵略)と呼ばれました。
a0212807_055505.jpgアメリカ社会は人種差別が色濃く残り、黒人音楽のブルース・R&B・ロックンロールを聴いている白人の若者たちはまだ少数でした。
そこに突然イギリスからやって来たビートルズやローリング・ストーンズなど白人若者たちのバンドが、黒人音楽を自らギターを弾き歌いコーラスする演奏スタイルと自分たちのバンドの演奏曲は、自ら作詞作曲する独自の音楽性と併せ、メンバー一人ひとりの自由な個性(言動・ファッション)は、アメリカの若者にとって衝撃的な出来事でした。
a0212807_056476.jpg若者の熱狂に驚いたアメリカの音楽メディアは、すぐさまこれを世界に配信しました。
この時から世界の音楽シーンが様変わりし、それまでのライブハウスで音楽やダンスを楽しむロックンロールからメディアや機材を駆使したショービジネスのロックに変化していくことになります。
アメリカ経由で日本に来たマージービート(&ブリテッシュ・ビート)は、日本では一括(ひとくく)りにリバプールサウンドと呼ばれました。
a0212807_0562432.jpg60年代後半世界のブームに遅れまいと粗製濫造されたバンドが、グループサウンズと呼ばれてTV歌謡番組に雨後の竹の子のように出演していました。
どのバンドもヘタでチンケ極まりなく、ヒットした原曲を出鱈目な日本語でコピーするか、既存の歌謡曲作家コンビの提供する曲を身振り手振りで歌い、女の子をキャアキャア言わせるためのどちらかでTV局用のバンドばかりでした。
少数ながらオリジナリティのある個性的なバンドもいました。
日本では、ボブ・ディランの影響を受けたフォーク(=フォークロック)と呼ばれるシンガーソングライターたちが登場して、初めてマージービートようなセンスある良い曲が誕生しました。
by blues_rock | 2012-05-04 00:56 | ビートルズ(Beatles) | Comments(0)