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心の時空

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a day in my life

a0212807_1343314.jpg今夜は、アメリカのアントニー・フークア監督(1966~ アクション映画「イコライザー」の監督)の新作でボクシング映画の秀作「サウスポー」(2016年公開)を紹介します。
映画のプロットとストーリーに新しさは、ないもののフークア監督演出のすばらしさもさるものながら何と言っても栄光の絶頂から奈落の底に転落しどん底から這い上がってくる主人公のライト・ヘビィ級世界チャンピオン、ビリー・ホープを演じた36歳の若さながら名優の域にあるジェイク・ギレンホール(1980~)が、ボクサーの肉体に改造しボクシングの全ファイトシーンに自ら挑んだド迫力のリアルな演技とそれを撮った撮影監督マウロ・フィオーレ(1964~ 「アバター」の撮影監督)の見事なカメラ・ワークは、必見です。
a0212807_135759.jpgジェイク・ギレンホールは、主演が、決まると毎日2回、一日も休まず8か月の間、ボクサーとして肉体改造トレーニングを行ない当時にボクシングスキルを学び筋肉と体力、ボクシング能力を身に付けた(‘デニーロ・アプローチ’を実践した)そうで希代の名優ロバート・デ・ニーロの遺伝子を受け継ぐ俳優の一人であることを証明しました。
a0212807_1355473.jpg前作の「ナイトクーラー」でも減量しガリガリに痩せ、大きな目をさらにギョロ目にして狂気を孕んだ不気味なキャラクターを怪演、俳優としての凄さを見せてくれました。
共演した俳優(女優)陣の演技もすばらしく、ビリーの最愛の妻モーリーンを演じたレイチェル・マクアダムス(1978~)もまたボクサーの妻を演じるに当たって、その心情を理解するためにボクシングのトレーニンa0212807_149494.jpgグに参加して激しく打ち合う闘いのリアリティを体験して臨んだそうです。
映画の中盤(52分くらい)からどん底の元世界チャンピオン ビリーが、再起のために助けを求めたダウンタウンのボクシングジム・トレーナーを演じたフォレスト・ウィテカー(1961~ 「ラストキング・オブ・スコットランド」でアカデミー賞主演男優賞受賞)存在感も抜群でした。
a0212807_149489.jpgビリーの愛娘レイラ役のウーナ・ローレンス(2002~)も天才子役少女ぶりを発揮、レイラは、自分と破滅的な父ビリーをいつも見守ってきた最愛の母モーリーンが、短気な父ビリーのケンカに巻き込まれ殺され、その喪失感から自暴自棄になった父ビリーを突き放し児童養護施設で、父ビリーの人間(父親)として、そしてボクサーとしての再起(自覚)を願う健気な少女レイラをa0212807_1534544.jpg名演していました。
映画タイトルの「サウスポー」は、左利きのこと、攻撃な打ち合いを得意とし自分も血だらけになりながら勝ち続けて来た右利きのビリーが、どん底でトレーナーから‘自分を守る’ことの大切さ(亡き妻モーリーンが、ビリーに「あなたは打たれ過ぎている」と言い続けたこと)を教わり、それまでの攻撃的に打ち合うボクシングから我が身と自分の大切なものを守るため右利きの自分に打ち克つ「サウスポー」に変わることを意味しています。
a0212807_1541842.jpg音楽監督を務めた映画音楽の名作曲家ジェームズ・ホーナー(1953~2015)は、映画製作予算不足のためノーギャラで作曲、完成した映画を見ないまま飛行機事故で亡くなりました。
フークア監督は、映画のエンドクレジットに「ジェームズ・ホーナーは思い出の中に」と追悼メッセージしていました。
a0212807_1545095.jpgフークア監督の最新作(2017年近日公開、黒澤明監督「七人の侍」のリメイク)「マグニフィセント・セブン」のために亡き音楽監督ジェームズ・ホーナーは、飛行機事故で亡くなる前、フークア監督にナイショで「マグニフィセント・セブン」の音楽を事前に作曲していたことが、分かりました。
a0212807_1552968.jpgアントニー・フークア監督と作曲家ジェームズ・ホーナーの映画を通した強い信頼関係と厚い友情が、分かる逸話だと思い紹介しました。
# by blues_rock | 2017-01-23 00:23 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
1994年のアメリカ映画「フォレスト・ガンプ/一期一会」(ロバート・ゼメキス監督、トム・ハンクス主演)で、主人公のフォレストが、「人生は、チョコレートの箱、開けてみるまで分からない。」と言いました。
a0212807_9471474.jpg歩行補助器を付けた少年だったフォレストが、ガンプ(ウスノロやマヌケを意味するアラバマ地方の方言)と呼ばれ、イジメに遭いながらも艱難辛苦の人生を走り続け幼馴染の女性ジェニーを生涯愛し、その波乱万丈の人生をバス停で見知らぬ人に話す‘邯鄲夢の枕’のような物語でした。
韓国の名監督ユン・ジェギュン(1969~)の作品「国際市場(いちば)で会いましょう」は、ゼメキス監督が、「フォレスト・ガンプ/一期一会」で描いた寓話的な演出手法をとらずドグスという一人の男の人生を1950年の朝鮮戦争時代から現代までのリアルな韓国現代史として描きました。
ジェギュン監督は、丁寧な歴史考証をふまえ、今まで韓国映画が、描かなかった1950年の朝鮮戦争による民族a0212807_948331.jpg分断の悲劇と数多の一家離散家族の現実に向い合いました。
ユン・ジェギュン監督の演出のもと製作スタッフ陣とくに撮影のチェ・ヨンファン、プロダクション・デザイン(美術)のリュ・ソンヒ、コスチューム・デザイン(衣装)のクォン・ユジンなど優秀なスタッフの手抜きのない徹底した歴史考証(仕事ぶり)は、秀逸です。
a0212807_9494722.jpgそれでも主人公ドグス(ファン・ジョンミン 1970~「新しき世界」主演)の波乱万丈の人生は、フォレスト・ガンプに重なり、ドグスの妻ヨンジャ(キム・ユンジン 1973~、2000年映画「シュリ」主演)が、フォレストの永遠の女性ジェニーに、ドグス生涯の友人ダルグ(オ・ダルス 1968~)は、さしずめフォレストの人生にとってのバッバとダン中尉かもしれません。
a0212807_951162.jpg朝鮮戦争からの韓国50年史の大河ドラマ「国際市場で会いましょう」は、韓国の老若男女の琴線に触れ大ヒット、韓国映画史上第2位の観客動員数を記録しました。
映画は、ドグス少年の家族が、北朝鮮軍支援のために参戦した中国軍の攻撃で朝鮮半島 興南港(現在北朝鮮)から脱出するところから始まります。
a0212807_9553828.jpgドグス少年は、港に押し寄せた難民の大混乱で父と妹と離ればなれになり父が、ドグス少年に再会する場所として伝えた釜山の国際市場(いちば)に母と弟もう一人の妹4人で向かいました。
1950年~2000年代の韓国社会が、激動する中でドグスは、父から厳命されたされたとおり一家の長として家族を最優先して生きてきました。
a0212807_9571112.jpg歳月を経て老人となったドグスは、艱難辛苦の末、手に入れた釜山の国際市場(いちば)にある小さな店が、韓国近代化開発の波で強制立ち退きを迫られても頑固に立ち退こうとしませんでした。
離散した父には、再会できなかったものの戦災孤児としてアメリカ人の養女となってロスアンゼルスで暮らしていた妹に再会、ヨンジャとの間にできた子供たちも皆な成人しa0212807_9574828.jpg孫たちにも恵まれましたが、ドグスの居場所は、父の写真が、置かれた狭い自分の部屋でした。
2017年現在、いまだに韓国の政情不安収まらず大統領は、国民から弾劾され罷免、韓国を代表する世界的大企業の経営者が、背任(横領・収賄容疑)で告発されるなど騒乱は、収まりそうもありません。
韓国に潜在する内なる分断国家の不穏な影(対立の社会背景)と映画「国際市場(いちば)で会いましょう」に大a0212807_9583612.jpg涙する韓国国民の深層心理を理解しない限り、戦後72年曲がりなりにも統一国家として平和に暮らしてきた私たち日本人にとって韓国は、いましばらく理解できない近くて遠い国のままかもしれません。
韓国の国民的映画「国際市場(いちば)で会いましょう」は、日本人が、韓国国民の屈折した深層心理を理解する一助になる映画ではないかと私は、思いました。
# by blues_rock | 2017-01-21 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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私は、窯疵(キズ)が、あったり歪んだり割れ欠けのある茶碗を見るとそこに金継ぎ(漆芸)したくなります。
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昨年秋、玄洋窯を訪ねたとき、部屋の隅に置かれた見込みの底(茶溜り)が、割れた窯疵のある薄手刷毛目のa0212807_3304087.jpg井戸茶碗に見惚れました。
私の金継ぎの病 膏肓に入る を良くご存じの玄洋窯主人冨永さんに物欲しげな私の気持ちが、伝わったのか、その井戸茶碗を黙って私に渡されました。
茶溜りの窯疵は、高台内に抜ける 3㌢くらいの亀裂で疵に錆漆を入れ呂漆できれいに整え、表の茶溜りを金、裏に銀を蒔きました。
薄く白釉の掛かったグレイの色調と金が、美しく調和し、薄暮の空にある三日月のような趣なので銘を「三日月」にしました。
# by blues_rock | 2017-01-19 00:09 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
当時、7歳の少女ドリュー・バリモア(1975~ ポスターの下写真)は、「E.T.」(1982)に出演し、そのあどけないキュートな容姿で一躍人気子役になりました。
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それから10年、少女から17歳の娘盛り(ティンエイジャー)になり容姿端麗なフェロモンあふれる女性に成長したドリュー・バリモアは、1992年にエロティック・スリラー映画「ボディヒート」(原題 Poison Ivy =蔦漆、北アメリカに分a0212807_22143128.jpg布、毒性が強く触れるとかぶれる)に主演、毒のある妖しげな女子高生アイヴィを好演しました。
映画は、この美しくエロティックな少女の面影を残す女子高生アイヴィにより破壊されていく家族の悲劇を描いています。
監督・脚本は、女優出身のカット・シー・ルーベン監督(1957~)で17歳の美人女優ドリュー・バリモア(下写真)を瑞々しく描き、ドリュー・バリモアの鮮度a0212807_22162624.jpgを最高に引き出しています。
ドリュー・バリモアは、若く(17歳)して波瀾万丈な人生を送り、9歳のときに飲酒や喫煙で補導され、10歳になるとマリファナ、12歳でコカイン、14歳のとき自殺未遂、15歳になると共依存であった母親から完全に独立するため裁判を起こし勝訴、アルバイトで生計を立てながらオーディションを受け、メディアに女優の自分を売るため夜な夜なパーティに顔を出し破天荒な振る舞いを繰り返していました。
ドリュー・バリモアは、この映画の主人公アイヴィのような奔放な少女時代を過ごしていました。
女優でもあるルーベン監督は、自分も人も傷つけながら生きる17歳の‘Bad Girl’ドリュー・バリモアにインスパイヤーされて「Poison Ivy(ボディヒート)」の脚本を書いたと推察します。
a0212807_22165335.jpg当然、ルーベン監督は、主人公の‘Bad Girl’アイヴィにドリュー・バリモアを起用、この蔦(アイヴィ)に触れると酷い炎症を起こす‘ポイズン・アイヴィ’として毒々しくエロティックに美しく17歳の美女ドリュー・バリモアを撮っています。
映画の冒頭、木の枝からロープを吊るしただけのブランコに揺られながらスクリーンに映るセクシーなドリュー・バリモアは、必見です。
このスリラー映画は、少女から女へ移ろう十代の美人女優ドリュー・バリモアが、見どころの映画ながら一見の価値は、あります。
今や42歳になったドリュー・バリモア(右写真)は、体内から毒気が、抜けたように女優業と併せ映画監督・プロデューサー・実業家として堅実に活動、また2児の母でもあり、アフリカの子供たちを救う飢餓撲滅運動に貢献しています。
脚にアイヴィ(蔦)の刺青をしていたことからブランコをしていた同級生を‘アイヴィ’(映画は素性と本名不明のまa0212807_22191862.jpgま)と呼び、アイヴィから利用される女子高生シルヴィにサラ・ギルバート(1975~)、アイヴィから誘惑され性的関係をもつシルヴィの父ダリルをトム・スケリット(1933~ 1992年映画「リバー・ランズ・スルー・イット」で当時新人俳優ブラッド・ピットの父親を演じる)、病弱で嫉妬深くアイヴィに殺されるシルヴィの母ジョージィにシェリル・ラッド(1951~)もそれぞれ個性を発揮して好演しています。
a0212807_2241798.jpg当時、無名のレオナルド・ディカプリオ(「ギルハート・グレイプ」に出演する前年で当時18歳)の名前もクレジットにありますが、端役どころかどこに出演しているのか最後まで分かりませんでした。
# by blues_rock | 2017-01-17 00:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
元日のブログで、錫箔梨子地 刷毛目文皿(上から3口目) 蒔絵の単調さについて迷いを書きましたが、足りなさ
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を補うために錫箔を空の雪に見立て金で鳥を数羽小さく蒔きました。
a0212807_19552327.jpgこれ以上、鳥を蒔くと今度は、うるさくなりそうなのでここまでにしました。

それでも金継ぎの徒の迷いは、ふっ切れません。a0212807_1335324.jpg
# by blues_rock | 2017-01-15 00:05 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
白血病で余命わずかなスペインの少女アリシア(ルシア・ポシャン)は、日本アニメのヒロイン「魔法少女ユキコ」に憧れ、ユキコのコスチュームを着て踊るのが、夢でした。
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娘の最期の望みを叶えるため元国語教師で失業中の父ルイス(ルイス・ベルメホ)は、そのコスチュームを買ってあげようとインターネット・ショップで調べたら高額(日本円にして80万円)であることが、分かりました。
a0212807_12183755.jpg唯一の財産である書籍を売りますが、受け取ったのは、わずかな金額でした。
実直に生きて来たルイスですが、ついに宝石店強盗を決意しました。
そこから2014年スペイン映画「マジカル・ガール」は、心に深い闇を抱えた女性バルバラ(バルバラ・レニー 1984~、バルバラ役でスペイン版アカデミー賞ゴヤ賞の主演女優賞を受賞)や過去に教え子のバルバラを守るために殺人事件を起こし刑務所から出所しa0212807_12201466.jpgたばかりのワケありそうな元数学教師ダミアン(ホセ・サクリスタン 1937~)などを巻き込みながら、それぞれが、関わることになる摩訶不思議な運命を描いています。
監督・脚本は、スペインの新鋭カルロス・ベルムト(1980~)、この秀作映画「マジカル・ガール」が、長編映画監a0212807_12205624.jpg督デビュー作品で、前夜ご紹介したギリシャのヨルゴス・ランティモス監督と共に優れた才能をもった逸材が、ヨーロッパに現れました。
「籠の中の乙女」が、長文でしたので「マジカル・ガール」は、見どころだけ簡単に紹介いたしますので、ぜひご自分の目で、この映画の素晴らしさをa0212807_12295976.jpg堪能していただきたいと思います。
「マジカル・ガール」は、映画を三つの章で構成し「世界(MUNDO)」、「悪魔(DEMONIO)」、「肉(CARNE)」と日本アニメのファンタジー、ミステリアスなサスペンス、ヒューマンな心理ドラマといろいろなプロット(要素)を持ちながら、ベルムト監督のa0212807_12321830.jpgクールな‘ネオ・ノワール’と呼ばれる演出で奇想天外なストーリーを一つにまとめています。
映画に漂うヒンヤリした空気感とブラックなユーモアセンスは、撮影監督サンティアゴ・ラカハの映像と相俟って完成度の高い映画です。
a0212807_12341175.png主人公の女性バルバラ(バルバラ・レニー)ともう一人の主人公の少女アリシア(ルシア・ポシャン)が、一緒に映画に登場するシーンは、なかったものの自虐的で奇妙な女性バルバラと不治の病でいくばくもない純真な少女アリシアの対照(コントラスト)が、秀逸です。
a0212807_1235076.jpg映画ラストのシークエンスで、アリシアを演じるルシア・ポシャンが、父ルイス(ルイス・ベルメホ)を殺し、さらに自分を殺そうとするダミアン(ホセ・サクリスタン)をじっと凝視する長回しのシーンは、胸に迫るものがあり、精神を病んだバルバラ・レニーの狂気漂わせた名演技と併せルシア・ポシャンのアニメ少女ユキコの寓意的な存在感もこの映画の見どころです。
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(右写真 : 子供のころから日本文化とくにマンガやアニメ、日本映画に親しみ、現在1年のうち4、5か月は、日本に滞在して新宿コールデン街浅草などの下町が、好きというスペイン映画新進気鋭のカルロス・ベルムト監督)
# by blues_rock | 2017-01-13 00:13 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
両親は、愛する子供たちが、‘外の世界の汚らわしい影響’を受けないよう出生時から徹底的に外界との接触を避け、シツケと教育の絶対的家長(管理支配者)である父(クリストス・ステルギオグル 1952~)は、自分の決め
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た厳格かつ奇妙なルールで、成人の子供たちを数十年支配し逆らえば、暴力による体罰、従順なら褒美を与え洗脳しコントロールしていました。 (参考:偏向した厳格な父親が、子供を絶対支配する様子は、オーストリア映a0212807_10215382.jpg画「白いリボン」にも登場します。)
思考停止の母(ミシェル・ヴァレイ)は、そんな邪悪な父を愛し命令に盲従する管理支配の厳格な実践者でした。
成人の子供たち三人は、仲が良くお互い幼児のように屈託なく無邪気に遊んでいますが、長女(アンゲリキ・パプーリァ 1975~)、a0212807_10223354.jpg次女(マリア・ツォニ)、長男(クリストス・パサリス)の容姿は、どう見てもアラフォー(30歳代半ばから後半)で、見ていて気色の悪い光景です。
この成人三姉弟が、家族以外と接触するのは、長男の性欲処理係として父が、連れてくるクリスティナ(アナ・カレジドゥ)という父の
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会社で働く従業員の女性だけ、目隠しされて連れて来られたクリスティナは、長男とのセックスを手短に済ますと長女に関心を示し自分の性処理の相手をさせ褒美として長女が、クリスティナのバッグの中で見つけた映画のa0212807_1024770.jpgビデオ数本を貸すことにしました。
これが、外の世界をまったく知らなかった長女に変化をもたらし、奇怪な家族の秩序も次第に軋み始めました。
それまで父は、外に興味を示す子供たちに「外は、危険だ。犬歯が、生え変わったら外の世界に出られる。」と教え家族の共通言語a0212807_1033733.pngも「海のことをアームチェア、塩は電話、女性器をキーボード」など呼んでいましたが、映画ビデオを見てから長女は、名前をブルースと名乗るようになり、父親の誕生パーティで奇妙なダンス(ビデオにあった映画「フラッシュ・ダンス」の真似)を狂ったように踊り両親を驚かせました。
a0212807_10335519.jpg原因が、クリスティナにあると知った父は、彼女をビデオデッキで殴り解雇しました。
長男の性処理相手を失った両親は、長男に長女か次女のどちらか選ばせようと相談、長男が、長女を選ぶと母親は、長女の髪をきれいに梳いてやり長男の部屋に連れて行くシークエンスとa0212807_10361861.jpg母親が、近親相姦の手引きをするシーンのおぞましさは、オカルトも顔負けのホラーです。
「籠の中の乙女」は、“疑うこと、考えること”が、できない人間の狂気、さらに思考停止した人たちの暮らす社会(家庭・共同体・国家)の危険性をしっかりと見せてくれる秀作映画なので機会あれば、ぜひ勇気をもって見てください。

(左写真 : ギリシャ映画‘新しい奇妙な波’世代監督を代表する ヨルゴス・ランティモス監督)
# by blues_rock | 2017-01-12 00:12 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_21312986.jpg先日ご紹介した「ロブスター」を撮ったギリシャの異才(奇才)監督ヨルゴス・ランティモス(1973~)が、2009年に発表した切っ先に毒を塗ったシュールでブラックなコメディ映画「籠の中の乙女」を今夜は、マニヤックな映画が、好きな‘カルト映画ファン’に限定して紹介したいと思います。
‘笑えない’コメディ映画をコメディと呼ぶかどうか分かりませんが、「籠の中の乙女」は、上映時間1時間半の冒頭からギリシャのある裕福で幸せそうな家庭(家族5人)の‘でもどこか何かヘンだよね’という不穏な雰囲気(映像から伝わる空気感)を漂わせながら次第に普通じゃない‘おぞましく異様な家族の姿’を浮かびあがらせていきます。
2009年ギリシャ映画「籠の中の乙女」(原題「Dogtooth 犬歯」)は、映画ポスターの中央にある「健全な家庭に狂気は宿る」そのままに現代の人間社会(いや過去も含めて)を痛烈に批判し嗤い飛ばしています。
a0212807_23404189.pngたとえば、ヒトラーとナチスを選挙で選んだ旧ドイツ市民、言論や思想の自由を弾圧する中国や北朝鮮の不条理かつ理不尽な圧政に奴隷のごとき人民、宗教(教団や組織)に盲従し愚劣な指導者の非科学的な命令に唯々諾々と従い死んでいく信者たち(信仰は、「生者の特権」なのa0212807_2341482.pngに)、さらにアメリカやヨーロッパ諸国の国民に、これから起きるであろう不幸な事件と、この映画を重ね合わせるとアイロニーとブラックな笑い(引き攣った嗤い)に満ちたおぞましいコメディ映画であることが、お分かりいただけると思います。 (参考 : ランティモス監督インタヴュー
a0212807_2147634.jpgデンマークの名匠にして奇才ランス・フォン・トーリア監督の名言「映画は、靴の中の小石でなければならない」を彷彿とさせる映画です。
ヌードやセックスシーンもやたら多い(R18+)のですが、これまた何とも笑えるセックスばかりでエロテックでもなく官能的でもイヤらしくもありません。
a0212807_21521530.jpgどのシーンも固定カメラで撮影しているので見ている者は、ただじっとその光景を眺めているような感覚です。
「籠の中の乙女」は、カンヌ国際映画祭で新進気鋭の監督作品を対象にした‘ある視点’部門でグランプリを受賞しています。
この映画の好さや見どころは、なかなか言葉では説明し切れないところも多く、映画を見ていただくのが、一番ながら粗筋のポインa0212807_11554594.jpgトだけ述べれば、ギリシャの富裕な家庭の一見やさしく愛情溢れる両親と子供三人が、主人公でプールのある邸宅は、高い外壁で囲まれ、家族にそれぞれの名前がなく、お互いを父・母・長女・次女・長男と呼んでいました。(後編に続く)
# by blues_rock | 2017-01-11 00:11 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
古伊万里 呉須金蒔絵 口縁錆釉皿(幕末から明治期と推察)の縁(表と裏の同じところ)に窯キズが、あり錆漆
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を充填し固め、金継ぎ(金直し)しました。
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宙に渡り鳥を配し湖畔に佇む仙人図は、なかなか趣のある図柄です。
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形に少し相違は、あるものの高さ24㌢の花器で釉薬の違いから趣が、がらりと変わり陶の面白味を感じます。
a0212807_12304633.jpgふた昔前の玄洋窯主人陶芸家冨永保雄氏の作品です。
右の高取花器の取り手が、折れましたので呂色漆(黒漆)直しをしたら見た目に分からなくなりました。
以下は、余談ながら昨年11月に「古伊万里には、金継ぎが、好く似合う」を書いたとき私は、ふと太宰治の「富嶽百景」のなかの「富士には、月見草が、よく似合ふ」という一節を憶い出しました。
a0212807_12332771.jpg私は、十代の終わりの頃、流行り熱病のごとく太宰治にのぼせました。
年をとり、もう一度冷静に読み直してようと筑摩書房の全集を買ったものの案の定、積読状態 ‥ 太宰治が、不惑(四十)を前に「もう書けない」と書き遺し愛人と情死した情熱(と心の闇)を探究したいの思いもいずこへか霧散、本棚の全集を横目に私は、いま金継ぎにのぼせています。
# by blues_rock | 2017-01-09 00:09 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)
フランスの名匠ジャック・オーディアール監督(1952~)の最新作(2015年)「ディーパンの闘い」は、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した傑作映画です。
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オーディアール監督の作品で強く印象に残っているのが、2009年カンヌでグランプリを受賞した「預言者」で、当時まだ無名俳優であったタハール・ラヒム(1981~)を主人公に抜擢、彼の才能を引き出しタハール・ラヒムを将a0212807_1192495.jpg来性のあるフランス若手俳優として有名にした演出の上手さ(それに応えたタハール・ラヒムも見事)にあります。
「ディーパンの闘い」で主人公のディーパンを演じたアントニーターサン・ジェスターサン(1967~)は、実際フランスに亡命したスリランカ内戦の元兵士で、劇中のディーパンと同じような厳しい悲惨な現実を体験しています。
いま彼は、フランスで作家として活動、映画初出演ながら彼の存在と演技が、あまり自然なのでドキュメンタリーa0212807_1213579.pngのようなリアリティを感じました。
映画は、スリランカ内戦の闘士ディーパンが、戦いに敗れ難民としてフランスに亡命するためとっさにニセ家族を偽装するところから始まります。
ニセの妻ヤリニを演じるカレアスワリ・スリニバサン(女優じゃないためプロファイル不明)とニセの娘イラヤル役のカラウタヤニ・ビナシタンビ(同じくプロファイル不明)の二人もまた演技経験が、なく映画初出演ながら自然なリアリa0212807_1225835.jpgティある演技を披露しています。
強制送還を逃れるためニセ家族を続けながらパリ郊外のスラムのような団地に暮らしディーパンは、団地の管理人になり、ヤリニも団地に住む老人の訪問介護の仕事を手にしますが、団地に屯(たむ)する麻薬密売グループの抗争に二人は、巻き込まれてしまいました。
a0212807_124577.jpg移民問題に揺れる荒んだフランス社会をバックにニセ家族ながら今日を生き抜くためにお互い助け合い、そして次第に家族のようになりながら明日に希望を託す人たちを描いた優れた人間ドラマでした。
オーディアール監督の作品は、これまでも人種・宗教・移民の問題を映画のモチーフ(プロット)にしています。
a0212807_1282100.jpg弱者(弱い立場の人間)が、不条理かつ劣悪な環境の中で追い詰められ理不尽な暴力と抑圧に晒されるとき爆発する怒り(人間の本能、動物的な衝動)は、オーディアール監督演出の真髄のようで「ディーパンの闘い」でも普段は、穏やかで我慢強い管理人のディーパンが、団地内で縦横無尽に我がもの顔に振る舞い銃を乱射し住民を怯えさせる麻薬密売グループに独りで戦いa0212807_1293842.jpgを挑む最後のシークエンスは、「タクシードライバー」のようで必見です。
オーディアール監督は、ラストシーンをロンドンで幸せに暮らすディーパンと妻ヤリニ、娘のイラヤル、そして新しく誕生した赤ん坊の4人家族を映しますが、見る者は、リアル(本当)なのか、ディーパン家族のファンタジー(願い)なのか分からないまま映画を終わらせます。
a0212807_1301938.jpg余談ながら、多民族国家フランス社会の多様性は、映画にもしばしば取り上げられ、異民族(異人種)・異宗教・異文化が、混在する社会で起きる事件を「ディーパンの闘い」のようにシリアスに描くかと思えば、2011年映画「最強のふたり」や2014年映画「最高の花婿」(Qu'est-ce qu'on a fait au Bon Dieu ? 神様、私たち何かしましたか?)のようにユーモラスかつコミカルに描きa0212807_1314040.jpgフランス国内外で多くの映画ファンに支持されています。
「最高の花婿」(フィリップ・ドゥ・ショーブロン監督 1965~)は、敬虔なカトリック教徒の両親と4人の娘たち、その4人の愛娘たちが、選んだそれぞれのパートナー(3人の夫と1人の婚約者)は、ユダヤ人でありアラブ人さらに中国人、そして末娘が、クリスマスの日、家族に紹介したのは、コート・ジボアール人の若者でした。
a0212807_133333.jpg保守的で頑固なフランス人の父親と同様にアフリカ民族の誇りとコート・ジボアールの生活習慣を頑なに守るアフリカ人の父親二人のぶつかり合いとドタバタ模様もユーモラスで笑えます。
「最高の花婿」は、異文化激突の騒動を描いた抱腹絶倒のコメディ映画でフランス国内の映画観客動員数が、歴代第6位の1.300万人強だとか、今年2017年のフランス大統領選挙は、フランスの ‘移民(難民)排斥’ が、最大の争点で多種多様な民族(人種)・宗教・文化との共生(折り合い)は、極めて身近な問題なのです。
オーディアール監督の配偶者もアフリカ系の女性だとか、インタヴューで共同生活のコツを訊ねられて「相手に‘慣れる’こと」と答えた監督の聡明さが、光ります。
# by blues_rock | 2017-01-07 01:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)