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心の時空

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a day in my life

オーストラリアの名女優 ケイト・ブランシェット(1969~)は、現在48歳ながら希代の名女優どころか、もはや伝説の名女優と称して良いくらいの偉大な存在です。
ケイト・ブランシェットの最新作を見るたびに「生きたレジェンド 女優ケイト・ブランシェット」をシネマの世界で書こうと思い続けてずいぶん月日が、経ちました。
私は、これまでケイト・ブランシェットが出演した映画は、20作くらい(もっとも多いかもしれませんが憶い出せない)見ていますが、彼女の出演した映画に凡作はなく、すべて優れた作品(傑作・秀作)なので一作ずつ、その感動をお伝えしたいくらいです。
ケイト・ブランシェットが、主演しアカデミー賞 最優秀主演女優賞を受賞した「ブルージャスミン」の監督ウディ・アレンは、彼女を評して「天才をぴょんぴょん飛び越えるくらい偉大だ」と絶賛しています。
ケイト・ブランシェットの演技者(女優)としての凄味は、出演した映画の役柄に変身すること、まるで演じる人物が、ケイト・ブランシェットに憑依したような(演技とは思えないような)演技をするところです。
その役柄が、終わると精根尽き果て魂の抜け殻のようになるのか、いつももう女優を辞めようと思うのだとか、ケイト・ブランシェットの演技には、全身全霊を感じます。
例えるなら、やはり希代の名優ダニエル=デイ・ルイスに匹敵する役への憑依です。
最新作の「ニュースの真相」(ジェームズ・ヴァンダービルト監督、2016年8月公開)では、アメリカCBSテレビの看板報道番組「60minutes」で活躍した実在の名女性プロデューサー メアリー・メイプスを演じ、当時のブッシュ大統領の軍歴詐称(ヴェトナム戦争従軍回避のための州軍兵役偽装)番組に執念を燃やして真のジャーナリスト(CBSはブッシュ政権に屈して彼女を追放しました)を好演していました。
2015年作品「キャロル」で演じた主人公キャロルの品格ある毅然とした深層心理(心の深淵)を的確に演じられる女優は、ケイト・ブランシェットのほかにないと思います。
2013年作品「ブルージャスミン」もまた前述のウディ・アレン監督の評のように、ケイト・ブランシェット以外は、考えられないキャロルでしたしジャスミンでした。
2011年のジョー・ライト監督(1972~ 2005年に「プライドと偏見」で監督デビュー)作品「ハンナ」(シアーシャ・ローナン主演)では、遺伝子操作で生まれた少女ハンナの抹殺を謀る冷酷非道なCIA工作員マリッサという敵役をニヒルかつクールに演じていました。
鬼才デヴィッド・フィンチャー監督(1962~)の2008年作品「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」では、年を経る毎に若返っていくベンジャミン・バトン(ブラッド・ピット)の恋人デイジーを演じ、年月とともに年老いていくデイジーの膝のうえで赤ん坊になったベンジャミンが、死んで逝くのを看取る役を愛情深く演じていました。
巨匠リドリー・スコット監督の2010年作品「ロビン・フッド」では、ラッセル・クロウ(1964~)演じるロビン・フッドと共にイングランドに侵攻するフランス軍と戦う貴族の未亡人マリアンを凛々しく演じています。
ケイト・ブランシェットの容姿端麗な美貌と品格は、凛として敵と戦う不屈のヒロインや毅然と自立した女性の役に似合い、どんな役柄でも適役にしてしまうところが、(ケイト・ブランシェットの)凄いところです。
トッド・ヘインズ監督の2007年作品「アイム・ノット・ゼア」でケイト・ブランシェットが、見せた‘ボブ・ディランぶり’は、ノーベル文学賞詩人ボブ・ディランも真っ青のボブ・ディランでした。
2007年には、インド出身のシェーカル・カプール監督が、撮った歴史スペキタクル映画「エリザベス ゴールデン・エイジ」に出演、前作の1998年作品「エリザベス」と併せ2作の初代エリザベス女王(エリザベスⅠ世 1533~1603)を主演しました。
期待に違わずケイト・ブランシェットの凛とした世界(七つの海)に君臨した女帝エリザベスⅠ世の毅然とした迫力のある演技は、見事でした。
# by blues_rock | 2017-04-26 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
前編より続く) わが国では、一昔前まで長生き(長寿)して認知症になった高齢者のことを「呆け(ボケ)老人」とか「痴呆症の年寄り」とか、明らかに蔑むような口調で呼んでいました。
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半世紀(50年)前までわが国では、還暦(60歳の誕生日)を迎える長生きの高齢者は、少なく、家族に還暦を迎えた人が、いたら長寿を‘祝福’していました。
a0212807_550018.jpgいまや白寿(百歳を前に99歳の誕生日を白寿として祝う)を迎えられる超高齢者も多く、還暦(60歳の誕生日)など人生の通過点で‘あんた若いねえ!’と子供扱いです。
国の財政(さいふ)は、1,000兆円を超える国の債務(借金)返済もままならずアップアップ ‥ 超高齢化社会での国家予算編成に対応できず現在の高齢者年齢65歳を75歳に引き上げようとし10年の定年延長も画策 ‥ 年金a0212807_5503292.jpg支払い年齢を10年先延ばししようとしています。
さりとて、認知症は、どう足掻(あが)こうとも加齢(年取れば)すれば、避けられない脳の病気、次第に衰えていく健康な人生の延長が、そう簡単にできるはずはなく認知症発症のリスクは、長生きすればするだけ高くなります。
認知症は、「明日はわが身」の未病、私もあなたもかなり高い確率で発症する可能性が、ある病気と私は、断言a0212807_5513471.jpgします。
年取れば、誰でも必然的に身体機能(ADL)が、低下し脳も衰えます。
早く気付けば、未病として対処することが、大いに可能なことは、前述のとおりですが、要は、早く認知症の初期症状に気付き対処療法し「病(やまい)も身のうち」と楽観的に考え、「一病息災」として生涯を全うすれば、良いことです。
門前の小僧である私は、そう考え 好きな映画を見、金継ぎをして拙ブログを書きながら‘のほほんと呑気(のんき)に’暮らしています。
クドイようですが、人間は、例外なく毎年 誕生日を迎え 加齢していくわけで、当人が、気付こうが、気付くまいが、身体機能は、ゆっくりと、確実に低下a0212807_5523795.jpg(劣化)しています。
認知症は、まず自覚すること、自覚していない認知症の方には、回りの人(家族・隣人)が、教えてあげること、もしあなたのわずかな異変を教えてもらったら怒るのではなく感謝すること、そして「病(やまい)も身のうち」、「一病息災」にしてしまえば、大丈夫!です。
長くなりましたので、認知症 ‘明日はわが身’のことは、これくらいにして「認知症が、心配な方、または、関心ある方」は、こちら を御覧くだされば、何かの参考になるかも知れません。
# by blues_rock | 2017-04-25 00:25 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)
金継ぎ作品展2017もおかげさまをもちまして盛会のうちに終了しました。
お忙しい中にもかかわらず、大勢の方が、ご来場くださり心よりお礼申しあげます。
先日、若い友人から「最近、高齢者介護のことや認知症のことをあまり書きませんね。」と言われました。
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拙ブログの高齢者介護についての記事を丁寧に読んでくれている人もいるのだと考え、‘門前の小僧、習わぬ経を読む’がごとき介護現場での私の体験(知見)ながら久しぶりに認知症のことについて書きたいと思います。
何よりもまず私が、厭きず懲りずにせっせとブログを書くのは、認知症を‘明日はわが身’の病気と思っています
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ので、わが未病の認知症をチェック(危機管理)するために書いているようなものです。
読んでくださる皆様に少し説明しますと ‥ つまり、自分の生活(日々の暮らし)に感動が、なくなったり、人とのコミュニケーション意欲を喪失したり、自分の思いや考えていることを表現できなくなったりなど、a0212807_5201663.jpg簡単に申しあげれば、今まで(普段)の自分と違うささいな変化でも早くキャッチするよう日々自己点検(メンタルチェック)しているようなものです。
やがて、記憶障害、見当識障害、理解力・判断力の低下などで自分の身の回りのこと(ADL=日常生活動作)が、できなくなると認知症高齢者にも個人の尊厳(人権)は、あると言いながら、私自身のことで申しあげれば、自らの価値観を自分で意思決定できない嘘っぱちな尊厳や他人に自分の人生を委ねる延命措置など、まっぴらゴメン‥の思い強く、それでも認知症をa0212807_5213060.jpg発症するとそんな自分の意思表明も個人の尊厳という美名のもとに全否定されてしまいます。
ならば、まず認知症の発症を早期発見する努力を日々しつつ、運悪く発病したと思ったら、すぐに認知症専門の良医を主治医にして進行を抑制し、症状をコントロールさえすれば、それまでと同じ普段の生活を持続しながら生涯を終えることは、十分可能です。
世間には、認知症と精神疾患(二つとも同じ脳内疾患ながら別な病気)の区別が、できない人たちも多く、脳神a0212807_5362392.jpg経科・精神科以外の医師には、認知症の知識がなく誤診する医者もいて、ヤブ医者の、いい加減な診断による誤った薬の投与で認知症を悪化させた事例もありますので‘要注意!’です。
私は、いま週2回、住まい近くの高齢者介護施設で認知症の方々と絵画・コーラス・俳句などを楽しみながら‘明日はわが身’の自己臨床チェックをしています。
介護資格のない素人の私は、介護介助の専門技術が、何もないので重度認知症の方々、とくに‘コミュニケー
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たとえば、「危ない!」からと説得しても分からない認知症の方の腕をつかむ(危険防止の行為であっても)と虐待と云われたり、自立支援と言いつつADL(日常生活動作)機能が、低下している方の‘ふらつき尻もち’についても転倒事故と扱われたり、自宅での普段の暮らしにどこにでもある些細なことすら福岡市へ報告しなければならないことを考えると、ただでさえ忙しい現場スタッフに今以上の苦労と迷惑をかけられないからです。
後編に続く)
# by blues_rock | 2017-04-24 04:24 | 高齢者介護(認知症) | Comments(2)

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イタリア・ネオレアリズモの巨匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督(19011974)が、1970年に発表した悲哀ロマンス映画「ひまわり」のテーマ音楽は、アメリカの名映画音楽作曲家ヘンリー・マンシーニ(19241994、アカデミー賞を3度受賞)の代表的な曲です。

映画のクライマックスに登場するスクリーンいっぱいに広がるひまわりの大平原にこの曲が、重なるとイタリアを代表する名優マルチェロ・マストロヤンニ(19241996)と同じく大女優ソフィア・ローレン(1934~)さらにロシア(当時ソ連)の美人女優リュドミラ・サベーリエワ(1942~バレリーナ)の哀しい愛の物語に何度映画を見ても涙してしまいます。
ひまわりの大平原シーンは、旧ソ連のウクライナ、ヘルソン州(クリミア半島の北)で撮影されました。


# by blues_rock | 2017-04-23 00:23 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
オーストラリアの新鋭ガース・デイビス監督、初めての長編映画が、現在KBCシネマで公開中の「ライオン 25年目のただいま」です。
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長編映画にデビュー(初監督)し、いきなりこの「ライオン 25年目のただいま」のような‘質の良い作品’を撮れる才能ある若手監督は、そう多くないと思います。
a0212807_821387.jpg映画の原作は、サルー・ブライアリー(1981~、右写真)が、自分の実体験を綴ったノンフィクション自伝「25年目のただいま~5歳で迷子になったぼくと家族の物語」で、この実話をリアルに再現した映画です。
1986年、5歳のサルウ(子供時代、サニー・パワール 2009~、成人になりデブ・パテル 1990~)は、西インド、ヒンディー地方の炭鉱がある田舎町カンドワで文盲のa0212807_833663.jpg母親と兄妹3人、貧しいながらも幸せに暮らしていました。
ある日、兄と出かけたサルウは、駅のベンチで待つよう云われていたものの帰らない兄を待つうちに止まっていた回送列車の中で眠ってしまいました。
無人の回送列車は、2日2晩山岳地帯の見知らぬところを走り続け1,600㌔離れた東インド(ベンガル地方)の港湾都市コルカタ(カルカッタ)に着きました。
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道行く人たちに5歳の幼いサルウは、‘迷子’であることを必死になって訴えるもののヒンディー語しか話せないサルウの言っていることが、ベンガル語のコルカタ市民には、理解できませんでした。
a0212807_891144.jpg映画の前半は、幼いサルウのサバイバルが、描かれ、5歳の幼いサルウに降りかかる波乱万丈のエピソード(自伝にある実話)を挿入しながら展開していきます。
後半は、コルカタで路上生活している(ストリートチルドレンの)5歳のサルウが、孤児院に保護されタスマニアに住むオーストラリア人夫婦の養子になり、大切に育てられメルボルンの大学に進学しました。
a0212807_8112629.jpgサルウは、成長するにつれインドのどこかで自分のことを想い暮らしている実の母と兄妹のことが、気になるようになり、きっと ‘迷子’ になった自分を捜しているに違いないと思い始めていました。
ある日、パーティに招かれた家で幼いころ好きだったインドの揚げ菓子を見て微かな記憶が、よみがえり兄と別れたおぼろげな駅の名前と近くの給水塔を思い出しました。
a0212807_8125739.jpgサルウと同じ大学のインド人留学生が、記憶の断片を「Google Earth」で検索し辿(たど)っていけば、分かるかもしれないとサルウにアドバイスしました。
その日からサルウは、憑かれたように「Google Earth」を駆使しコルカタまでの列車の推定スピードや乗っていた日数(時間)から距離を割り出しながら、おぼろげな自分の記憶にある駅名とその近くの給水塔を捜しました。
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映画は、サルウに残る幼いころの記憶の断片をフラッシュバックさせながら、養子になった時から自分を大事に育て愛してくれた養母スー(ニコール・キッドマン 1967~)の心情やサルウを支える恋人ルーシー(ルーニー・
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マーラ 1985~ 「ドラゴン・タトゥーの女」、「キャロル」)の愛情も丁寧に描かれています。
突然いなくなった幼い息子が、帰って来ることを信じ、どこへも行かず25年間待ち続けた実母カムラ(プリヤン
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カ・ボセの母親役も秀逸 下段写真)、何よりこの映画で特筆すべきは、5歳の幼いサルウを演じた当時5歳のサニー・パワールが、映画の前半に見せる圧倒的な存在感(リアリズム)で必見です。
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オーストラリアの撮影監督グリーグ・フレイザー(1975~ 「ゼロ・ダーク・サーティ」)が、「Google Earth」 の検索機能をドラマの道具立てにして見せる衛星画像や俯瞰ショット(ズームアウト、ロング)のカメラワークも秀逸です。
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ちなみに映画のタイトル「ライオン 25年目のただいま」のライオンは、ヒンディー語で「シェルゥ」と言うのだとか、幼いサルウが、人から名前を訊ねられたとき自分の名前「シェルゥ(ライオン)」を正しく発音できず、「サルウ」と
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答えたことに由来し「サルウ(シェルゥ=ライオン) 25年目のただいま」となりました。
# by blues_rock | 2017-04-22 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
長年、私淑していた玄洋窯主人の冨永さんに、この春から押しかけ入門し、陶芸を学んでいます。
初日、工房に入るなり陶土(つち)の塊をどんと目の前に置かれ「ロクロ?手びねり?」と冨永さんから訊ねられ
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ましたので「手びねりで‥」と神妙にお願いしました。
東京から福岡に帰り、念願の金継ぎをするようになると ‘呼継ぎ’や‘共継ぎ’ はおろか、高台のある古陶片に
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は、刻苧(こくそ)で成形して金継ぎするようになり、やがて自分の好き勝手に作陶した茶碗や器にも金継ぎ(陶漆)したくなりました。
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安土桃山時代から江戸初期の博多の豪商にして有名な茶人であった神谷宗湛(1551~1635)は、利休の後継者であった茶人古田織部(1543~1615)好みの茶碗を「ヘウゲモノ也」と呼び宗湛日記に書き残していますが、
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そんな織部風の沓(くつ)茶碗や畏敬する本阿弥光悦川喜多半泥子の作陶した茶碗の写真を持参し、私は、とにかく「歪(いびつ)な形の茶碗」や「窯疵(かまきず)のある器」を焼成したいとロクロ名人の陶工 冨永さんにa0212807_7274657.jpg無礼な戯言(たわごと)と承知のうえでご指導をお願いしたところ、快く引き受けていただきました。
陶土(つち)を練り、塊を叩き、成形したかたちを歪ませ、削り、引っ掻き、釉を生がけし‥と、まだ窯に入れて焼成は、していないものの、少しずつ棚にならんでいく未完の傑作を眺めていると次第に妄想だけが、ビックバンのようにとめどなく広がっていきます。
そんなことを私が、働く高齢者介護施設で同僚の皆なに話していていると私の話を聞いていたケアマネージャーから「介護認定を申請したらどうですか? 介護度2は、いくと思いますよ。」と、真顔でアドバイスされました。
# by blues_rock | 2017-04-20 00:02 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
a0212807_19403592.jpg映画監督デビューから半世紀(50年)、真にリベラルにして社会派の映画監督であるイギリスの名匠ケン・ローチ監督(1936~)の最新作「わたしは、ダニエル・ブレイク(I, Daniel Blake)」でもローチ監督は、90歳になった今も筋金入りの強靭な、鋼(はがね)のような精神力を見せ敬服いたします。
製作のレベッカ・オブライエン(1957)、脚本のポール・ラバーティ(1957)、撮影のロビー・ライアンなどケン・ローチ監督あうんの常連組なのでローチ監督の演出は、年齢を感じず生き生きとしています。
「わたしは、ダニエル・ブレイク」は、「麦の穂をゆらす風」に続きローチ監督にとってカンヌ国際映画祭2度目の最高賞パルムドールを受賞となりました。
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映画のプロットは、イギリスの失業者や移民などの貧民層を取り巻く劣悪な社会環境やイギリス保守党政府が、強行する反福祉政策の現実を実話に基づいたストーリーで構成しつつもドキュメンタリーのようなカメラワーa0212807_19524646.jpgクにより映画は、リアリティに徹しています。
だからと云って映画は、金切り声をあげて声高に叫ぶのではなく、静かな視線で社会の底辺であえぐ弱者が、生きていくのに最低眼必要な食料やライフラインなど経済的なこと、持病を抱えた人たちの健康のことなど人間としての権利を奪われ追い詰められていくイギリスはおろか世界共通の貧困の現状を描いています。
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ローチ監督は、2014年の秀作映画「ジミー、野を駆ける伝説」を最後の作品と引退宣言していましたが、冒頭でもご紹介したとおり、鋼(はがね)のような筋金入りの正義感の強いローチ監督は、いまイギリスやEU始め世界a0212807_19544681.jpg中に蔓延している差別や階級格差、貧困にあえぐ人々の窮状を見過ごすことが、できず弱者同士の助け合いで‘何かが変わる’という普遍的なメッセージを伝えるためまるで遺言のような新作「わたしは、ダニエル・ブレイク」を撮ったのだろうと私は、推察いたします。
a0212807_19553996.jpg映画の主人公ダニエル・ブレイクは、イギリス北東部のニューカッスルで精神疾患のある妻を看病しながら40年間大工として働きうち妻も亡くなり、自分の心臓病が、悪化すると主治医のドクターストップで大工として働けなくなりました。
そのためダニエルは、失業保険の申請に職安へ行くと官僚的なスタッフから仕事を捜すよう冷たく言われました。
a0212807_1956936.jpg長年、大工として働いてきた誇りと自信をもつダニエルは、爆発しそうな怒りを抑え静かに「大工として40年働き税金も納めてきた。 これからも大工として働きたいが、心臓病のため働けないので失業保険の申請に来た。」と伝えました。
それなら福祉センターへ行き、国の生活支援制度の申請をするようたらい回しされました。
ダニエルが、福祉センターに行くと今度は、「あなたは、働けるはずです。 就労活動をした証拠書類の提出と(パソコンのできないダニエルに)PCサイトの様式により生活支援の申請をしてください。 こちらから後日連絡します。」とけんもほろろの回答で門前払いされました。
a0212807_19574831.jpgここでも冷静に行政スタッフとの交渉に臨んでいたダニエルでしたが、若いシングルマザー ケイティ(ヘイレイ・スクワイアズ 1988~)と2人の子供の移民家族への官僚的な態度を見たダニエルは、ついに堪忍袋の緒が、切れました。
妻を亡くし 一人暮らしのダニエルと移民のケイティ家族は、隣人として助け合ううちに親しくなりますが、ダニエルもケイティの家族もともに厳しい社会のa0212807_19595087.jpg現実に追い詰められていきました。
ダニエル・ブレイクを演じるコメディアンのデイブ・ジョーンズが、長編映画初出演ながらリアリティある秀逸な演技を披露、社会の底辺で、貧しくとも誇り(=自尊心)を失わず真面目に働き生活しようとするダニエル・ブレイクの姿をコミカルな不条理劇であるかのように演じ俳優としてのその優れた才能を私たちに披露してくれました。
 (右上写真 : 演出の確認をするケン・ローチ監督)
# by blues_rock | 2017-04-18 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
「ある天文学者の恋文」(原題「La corrispondenza」通信)は、イタリア屈指の名監督ジュゼッペ・トルナトーレ(1956~、何と云っても「ニューシネマ・パラダイス」は、映画史に残る傑作)が、2016年に撮った新作映画です。
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トルナトーレ監督は、2000年作品「マレーナ」で当時30代半ばであったイタリアの美人女優 モニカ・ベルッチ(1964~ )を素材(ミューズ)に‘美女礼讃’の映画を撮りましたが、2016年の新作「ある天文学者の恋文」では、a0212807_6173997.jpgウクライナ出身の、30代半ばでいま女性として最も美しい年ごろの美人女優 オルガ・キュリレンコ(1979~)を‘美女礼讃’の素材(ミューズ)に選び、今回‘天文学’という知的な遊び(ミステリー)も取り入れ、粋なロマンス映画にしました。
ボッティチェリやラファエロなど ルネッサンス期の天才画家たちは、目の前のヴィーナス(ミューズ)を見て、芸術家としての本能a0212807_6181430.jpg(衝動)が、作動し絵画に昇華させたようにトルナトーレ監督とて同じ芸術家本能に衝き動かされ映画という媒体に昇華させたのだろうと推察します。
映画は、オルガ・キュリレンコの一人舞台のようなもの‥初老の天文学者エド(ジェレミー・アイアンズ 1948~)と教え子である若い恋人エイミー(オルガ・キュリレンコ)とのロマンスを‘天文a0212807_6221815.jpg学’になぞらえ展開していきます。
トルナトーレ監督の演出が、撮影監督のファビオ・ザマリオン(1961~、2013年「鑑定士と顔のない依頼人」)の映像とトルナトーレ監督作品の不動の作曲家エンニオ・モリコーネ(1928~)の音楽と見事にコラボレーションし名ジャズメンのセッションのように融合しています。
a0212807_6233916.jpg若い天文学者のエイミーは、ある日突然、師であり恋人でもある天文学者エドの死をテレビのニュースで知り驚きました。
慌ててエドの携帯に電話しますが、彼の電話からは、いま電話に出れませんのメッセージが、あるだけでした。
悲嘆にくれているエイミーのもとにエドからのメールやスカイプ、さらに手紙やメッセージ付きの花束、宅配便によるプレゼントなどが、日付を更新しながら次々に届きます。
a0212807_625048.jpgこれは、一体どういうことなのか?
エドの死が、どうしても信じられないエイミーは、その真相を探るためにエドが、暮らしていたエディンバラを訪ねました。
天文学にたずさわる二人の恋愛(ロマンス)なので‘天文学’に関わる知識が、必要です。
a0212807_6252797.jpg1光年は、地球から9.5兆㎞離れたところから発せられた1年前の光のこと(私にはピンと来ませんが)、正に天文学的数字ながら 1 光年の星をいま地球で見ている私たちは、その星の一年前を見ていることになります。
今の瞬間、その星が、突然消滅しても地球にいる私たちは、1年間(365日の間)、その星が、宇宙に存在しているように“見える”のです。
a0212807_6261322.jpg私たちは、普段太陽から届く光を‘8分前の光’であると意識しませんが、リアルタイムでいうと確かに8分の誤差は、あるのです。
40年前の1977年にアメリカ(NASA)から飛び立った宇宙探査機ボイジャー1号が、1光年の距離(9.5兆㎞)まで行くには、私たちの地球時間でなんと 18, 000年!かかります。
a0212807_6265957.jpg銀河系(天の川、上写真)の直系は、10万光年だとか、私たちが、肉眼で見ることのできる最も遠いアンドロメダ銀河(1兆個の太陽=恒星が有ると推察される天体、左写真)は、地球から 250万光年‥だそうです。
ともあれビックバンし続ける宇宙にあって物質の最小単位である素粒子の大きさにも届かない “しがない人間”が、抱える愛や人生なんてすべて ‘この時間のズレ’のようなもの‥ならば、アインシュタイン博士やホーキンス博士のような頭脳を持ち合わせていない“ズレた私たちa0212807_6274896.jpg凡人”は、ありのままを受け入れて、私たちの瞬時(瞬きのような人生)にめぐり遭った愛や美など心が、感動(官能)する幸せを享受し、その人生に感謝して生きていくだけのように私は、思います。

(右写真 : ジュゼッペ・トルナトーレ監督と女優オルガ・キュリレンコ)
# by blues_rock | 2017-04-16 00:16 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
私は、今年の 金継ぎ工芸会作品展 に古唐津「山盃」(梨子地銀青貝蒔絵こちら下段の浅葱梨子地銀 ならびに共継ぎと呼継ぎの山盃) 4点を根来塗の敷板(こちら の下段参照)に置いて出品することにいたしました。
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大木を輪切りにした素朴な木目のある置き台にも置き、どちらにしようかと迷いましたが、艶やかな梨子地銀拭漆(浅葱梨子地と青貝蒔絵)との相性を比べてみて根来塗の敷板にしました。
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拙ブログにお立ち寄りいただいた皆様方には、両方ご覧いただきたいと思います。
山盃は、安土桃山から江戸初期にかけて焼成された酒杯(盃・ぐい呑み)のルーツです。
a0212807_135579.jpg当時、肥前(佐賀・長崎)に数多あった古唐津窯の陶工たちが、山盃を普段使う自家用の酒杯として焼成しました。
その素朴な作為のない味わいが、今でも山盃ファンの心を惹きつけています。
この初期伊万里の猪口は、ピルケース代わりに私が、食前食後、服薬しなければならない薬をまとめて入れて、愛用しているお気に入りの逸品です。

「金継ぎ工芸会作品展2017」の会期・会場などの詳細につきましては、こちら をご覧ください。
# by blues_rock | 2017-04-14 00:14 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
子供のころ日本のアニメ映画やTVゲームに熱中して育ったとしか思えないアメリカンオタク世代のジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督(1984~)が、「キングコング」をゴジラのような怪獣に設(しつら)えて撮ると‘なるほど、
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こうなるのか’と妙に納得する痛快B級 怪獣SFパニック映画ながら、映像のすばらしくは、‘さすが、映像オタク世代監督’と感心させられる映像で 最新VFX技術を駆使した映像だけで云うと‘A級’の映画でした。
a0212807_20435549.jpg「キングコング」といえば、1933年当時、無声(サイレント)映画の全盛期に、巨大類人猿のキングコングが、美女(フェイ・レイ 1907~2004)を片手に抱え超高層のエンパイアーステート・ビルディングによじ登り、複葉飛行機を叩き落とすという画期的な特殊撮影により、ハラハラドキドキのエンタメサービス精神タップリの原始パニック映画を懐い出します。
a0212807_20472978.jpgその後、「キングコング」は、何度もリメイクされ、キングコングとからむ美女たちも1976年 ジェシカ・ラング(1949~)、1986年 リンダ・ハミルトン(1956~)、2005年 ナオミ・ワッツ(1968~)と変わり、2017年の最新作「キングコング 髑髏島の巨神」(Kong Skull Island)では、ブリー・ラーソン(1989~ 「ルーム」アカデミー賞主演女優賞受賞)が、演じています。
a0212807_20475515.jpg最新作のキングコングは、髑髏島で巨神と崇められている身長30㍍、体重300㌧のクリーチャー(怪物)です。
髑髏島では、得体のしれないサイキックな原住民や探検隊を襲う巨大なトカゲのような怪獣(キングコングの天敵)、怪鳥、巨大水牛、巨大タコなど数多のクリーチャーが、共棲していました。
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「キングコング 髑髏島の巨神」の時代設定は、1973年でランドサット人工衛星の捉えた髑髏島が、気象環境の険しい人を寄せ付けない南海の孤島になっています。
a0212807_211817.jpg映画は、日本アニメ映画やゲーム映像の影響を受けたジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督が、スピルバーグ監督の「ジュラシック・パーク」やコッポラ監督の「地獄の黙示録」への個人的なオマージュと併せ、自分の好きな映画からお気に入りのシーンを取り出して構成しているので空想SFの漫画チックなリアリティを感じない怪獣パニッa0212807_2114968.jpgク映画(ヴォート=ロバーツ監督はワクワクしながら撮っていたと推察)になっています。
まあ、クリーチャー(怪物や化け物)の登場するSFパニック映画にリアリティなど能書きを求めるほうが、野暮と云うものでしょう。
映画のエンディング・クレジットに入ると帰る観客も大勢いましたが、映画制作会社もイジワルなことするもの‥a0212807_2131043.jpgクレジットの終わりに、この映画「キングコング 髑髏島の巨神」の続編らしき 最新VFX映像によるSF怪獣パニック映画の次回作「コジラ」(Godzilla)を、さらにその続編として2020年には、日本映画版「キングコングとゴジラ」を最新VFX撮影技術でリメイクするとしいうウルトラSF怪獣パニック映画の製作を予告していました。
# by blues_rock | 2017-04-12 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)