心の時空

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a day in my life

耳納連山の麓(ふもと)、浮羽町流川の農園(友人の実家)に、今シーズン最後のぶどうを収穫に行きました。
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浮羽町流川には、知る人ぞ知る‘たねの隣り’というカフェ・レストランが、あり、お昼時ともなると、いつも満席でa0212807_20422025.jpg長い順番待ちとなります。
昨年秋の柿シーズンにも立ち寄りましたが、お昼前ながらすでに長い列(予約制なし)なので‘たねの隣り’でのランチを諦めました。
今年は、少し早めの時間に行きテラス席でたわわに実った青い富有柿農園を眺めながらの目にもうれしい美味しいランチ(下写真)をいただきました。
あと2か月もすれば、富有柿の実も黄色になり、同時に目に鮮やかな柿の紅葉も見ることが、できるでしょう。
3年前2013年11月下旬に訪れた時の‘たねの隣り’は、
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秋真っ盛りでした。
# by blues_rock | 2016-09-25 00:05 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
日本では、2013年のフランス映画祭で上映されただけで一般公開されていませんが、上質な佳作映画です。
原作は、フランスのノーベル文学賞作家 フランソワ・モーリアックが、1927年に発表した小説「テレーズ・デスケルウ」、監督は、この映画が、遺作となったフランスの名匠クロード・ミレール監督(1942~2012、2007年作品
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ある秘密」)です。
映画の見どころは、何といっても主人公の女性テレーズ・デスケルウを演じるオドレイ・トトゥ(1976~、2001年妊娠したエミリー・ワトソンの代役として主演した「アメリ」が空前の大ヒット)の精神を病んでいくテレーズその人に
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成りきった存在感(すばらしい演技)にあります。
そして、テレーズ(オドレイ・トトゥ)の夫ベルナールを演じるジル・ルルーシュ(1972~ 2010年映画「この愛のために撃て」主演)が、旧態依然の価値観に縛られたデスケルウ家一族を象徴していて、一見仲睦ましい夫婦のa0212807_11184210.jpg蝕まれていく心理劇を名優二人は、見事に演じています。
1920年代南西フランスのランド県、大地主の娘テレーズは、親同士が、決めた結婚に何の疑いもなく同意し同じ県の大地主デスケルウ家に嫁ぎました。
テレーズは、体面上敬虔なカトリック信者を装い既成秩序への服従と家名第一のデスケルウ家当主である夫ベルナールとの暮らしで不和はないものの、ランドの森の偽善に満ちた退屈な日常に次第に何も感じなくなっていきました。
a0212807_11213790.jpgオドレイ・トトゥは、精神を蝕んでいくテレーズの心理変化、憂鬱な表情、生気のない虚脱感、妄想による衝動行為などテレーズの悲劇(罪)を抜群の表現力で演じています。
テレーズの心理変化を表わす小道具としてタバコを使ったミレール監督の演出は、秀逸でテレーズが、頻繁にタバコを吸うシーンは、その表情と併せて見ていただくとオドレイ・トトゥの抜群の演技力が、お分かりいただけます。
若いテレーズは、両家の親同士が、決めた自分の結婚に当初、何の不満も疑問もなく、結婚相手に愛はなくとa0212807_11262435.jpgも両家の膨大な山林資産を守るためと考えていました。
テレーズは、親友であり義妹になるアンヌ(アナイス・ドゥムースティエ1987~)が、身分の違う相手との激しい恋を諌めますが、その生き生きとしたアンヌの表情(感情の奔流)に羨望や嫉妬を覚えるようになりました。
やがて、テレーズは、妊娠、女の子を出産しましたが、そのころからテレーズの妄想もまた次第に悪化していきa0212807_11272434.jpgました。
夫ベルナールが、ある日軽い心臓発作を起こし処方薬のヒ素を少量飲んでいたことからテレーズは、自分の鬱積した閉塞感を取り除くため処方箋を偽造し、夫の毒殺を密かに謀りました。
夫ベルナールは、次第に衰弱していきますが、緊急入院した病院でヒ素の過剰投与によるものとテレーズの処方箋偽造は、発覚し処方箋偽造による殺人未遂の罪で告訴されました。
キリスト教(カトリック)の罪である離婚を認めない夫ベルナールは、家名を汚すスキャンダルをもみ消すためにa0212807_11283371.jpg一緒に外出するなどして円満な夫婦関係に見せかけますが、テレーズは、幼い娘との面会を禁じられ、屋敷片隅の粗末な部屋に監禁されました。
次第に生気を失いやつれて廃人のようになったテレーズの無惨な姿を見て、ベルナールは、妹アンヌの結婚式が、終わったら(離婚はしないが)テレーズを自由にすると約束、家名と名誉を重んじるデスケルウ家とテレーズの実家によって告訴は、取り下げられました。
a0212807_1129292.jpg夫ベルナールは、別居する妻テレーズの希望を聞き入れパリで暮らせるようにしました。
赦しを請うテレーズにベルナールは、彼女を赦し娘に会いに来ることも認め、テレーズになぜ自分に毒(ヒ素)を盛ったのかと尋ねますが、テレーズは、どんな言葉で説明しても本当のこと(心の深層=真相)は、伝わらず、必ず嘘が、交じるからと説明しませんでした。
エンディングでテレーズの見せる笑顔が、印象に残る映画です。
「テレーズの罪」は、クロード・ミレール監督の演出と併せフランスの豊かな自然と旧き好き時代(ベルエポック)
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の風俗を美しい映像で撮った撮影監督ジェラール・ド・バティスタ(1946~ 「ある秘密」撮影監督)のカメラワークが、すばらしく、フランス映画ならではの人間の深層心理をミステリアスに描いた上質な映画でした。
# by blues_rock | 2016-09-23 00:23 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
イギリスのベン・ウィートリー監督(1972~)の最新作SFホラー「ハイ・ライズ」(監督・編集)を見ました。
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ウィートリー監督と云えば、2011年作品「キル・リスト」(監督・脚本・編集)で、その何と説明したら良いのか‥a0212807_1972278.jpg
精神のバランスを失った暗殺者を主人公にしたサスペンス・スリラー(ホラー仕立て)の不条理劇と云えば良いのか、もし私に「おもしろかった?」と問われれば「うーん!?」と口籠(ごも)り、では、「おもしろくなかったのか?」と問われれば「おもしろい!」と答えるでしょう。
最新作の「ハイ・ライズ」は、ウィートリー監督らしい(シュールでホラーちょっぴりグロテスクかつエロティックな)映画ながらも「ハイ・ライズ(High-Rise 高層建築物=タワーマンション)」を舞台にした現代(つまり1970年代から見た近未来)を皮肉ったシュールなブラックコメディー(SFホラーの不条理ドラマ)です。
プロダクション・デザイン、音楽(サウンド・トラック)が、すばらしくスタイリッシュな映画でもあります。
a0212807_19143367.jpg原作は、イギリスの作家ジェームズ・グレアム・バラード(1930-2009 上海租界地生まれイギリス育ち)が、1975年に発表したSF小説で、シュールレアリスム愛好家のバラードは、「ハイ・ライズ」を1970年代の近未来として執筆しました。
J.G.バラードの原作を映画化した作品に1987年スピルバーグ監督作品「太陽の帝国」、1996年クローネンバーグ作品「クラッシュ」が、あり2作とも秀作a0212807_19151227.jpg映画です。
「ハイ・ライズ」の製作は、イギリスの有名(大物)プロデューサー ジェレミー・トーマス(1949~)で、脚本と共同編集を「キル・リスト」の共同脚本家エイミー・ジャンプ(ウィートリー監督夫人)、撮影も「キル・リスト」の撮影監督ローリー・ローズが、担っているからか「キル・リスト」の不条理劇をヴァージョンアップし、これa0212807_19154675.jpgにストップモーションとスローモーションによるシュールなシーンや奇妙なカットと組み合わせ、コンテンポラリーな音楽とのマッチングも絶妙なので見る者の目と頭を混乱させながらも見入ってしまいます。
映画の物語は、インターネットも携帯電話(スマホ)もない時代、1970年代のロンドン郊外にできた高層建築‘タワーマンション(High-Rise)’ 内の閉鎖社会で起きた上層階a0212807_19191831.jpgと下層階との停電と断水をめぐる対立と抗争、それに端を発した住民の狂気が、全階層を被い凄さまじい紛争になっていきます。
「ハイ・ライズ」には、ジムからスパ、プール、スーパー・マーケットまで準備され快適な環境が、整っているものの上層階の住人ほど富裕層で下層階で暮らす者たちは、差別に不満を募らせていました。
a0212807_19211970.jpg主な登場人物は、25階に住む主人公の医師ロバート(トム・ヒドルストン 1981~ ハンサムな顔立ちと精悍な肉体、スーツをビシッと着こなした姿がカッコ好い)、最上階(40階 ペントハウスと呼ばれている)の住人が、「ハイ・ライズ」の設計者アンソニー(ジェレミー・アイアンズ 1948~ 出演しているだけで映画が格調高くなるから不思議)と妻で有閑マダムのアン(キーリー・ホーa0212807_1925516.jpgズ 1976~)、26階に息子のトビーと住むシャーロット(シエナ・ミラー 1981~ モデルでデザイナーだけあって趣味の好い美貌)、3階のドキュメンタリー監督リチャード(ルーク・エヴァンズ 1979~)と妻のヘレン(エリザベス・モス 1982~)、39階に住むロバートの教え子マンロー(オーガスタス・プリュー 1987~)など入り乱れて「ハイ・ライズ」全体をセックス・暴力・強奪・殺傷が、支配しa0212807_19264176.jpgています。
ロバートが、「ハイ・ライズ」に入居して3か月、至るところに転がり放置された多くの死体、廃墟と化したタワーマンションの中でロバートは、満足そうにシャーロットとベッドを共にしています。
シャーロットの息子トビーは、ラジオから流れる保守党党首(後の首相)マーガレット・サッチャーの演説を聞いています。
a0212807_19274715.jpgトビーのくわえたパイプから出たシャボン玉が、ゆっくり空に向かって浮いていくところで映画は、終わります。
映画を見た人の感想は、最低と最高のどちらかで中間が、なく両極端に分かれており、ウィートリー監督の感性とシンクロした方は、傑作と感じるでしょう。
私は、近いうちにもう一度見て自分の感性を確かめたいと思います。
# by blues_rock | 2016-09-21 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
名モデル(被写体)と名カメラマン(写真家)のコラボレーションは、新たな傑作写真を創造しました。
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歴史上著名な人物のポートレイト(肖像写真)を‘ジョン・マルコヴィッチの顔’で写真家サンドロ・ミラー(1958~)
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が、新たな写真にしました。
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ニュヨークのキャサリーン・エルデマン・ギャラリーで開催されたサンドロ・ミラーの「マルコヴィッチ・マルコヴィッ
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チ・マルコヴィッチ」写真展で発表した作品です。
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ジョン・マルコヴィッチが、誰のポートレイトのモデルになっているか、いまさら説明する必要のない有名なポート
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レイト(肖像写真)ばかりです。
# by blues_rock | 2016-09-19 00:09 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
私が、待ちに待った名匠マーティン・スコセッシ監督(1642~)の最新作「沈黙 Silence」(原作 遠藤周作の歴史小説、1971年篠田正浩監督作品「沈黙 SILENCE」のリメイク)が、いよいよ来年(2017年春)日本公開されます。
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クリスチャン(カトリック)のスコセッシ監督が、「沈黙 Silence」の構想をして20年余、スコセッシ監督は、17世紀(江戸初期)の日本が、舞台となるこの映画(歴史ドラマ)の撮影場所にこだわり、時代を反映する最適地のロケa0212807_13443077.jpgハンに相当長い時間をかけ、結局日本にないので主要なシーンは、台湾で撮影したそうです。
さて、今夜ご紹介する「アリスの恋」(Alice Doesn't Live Here Anymore)は、スコセッシ監督を一躍有名にした1976年作品「タクシー・ドライバー」の前に撮った1974年の作品です。
a0212807_13485153.png42年前の作品なので風景や風俗、車、ファッションに70年代当時の雰囲気(旧き良き時代の名残り)を大いに楽しめますが、今見ても映画に旧さは、まったくなくアメリカン・ニューシネマを背負う新進気鋭当時32歳のマーティン・スコセッシ監督が、見せる秀逸な演出とカメラワークは、出演者の若い頃と併せ必見です。
主人公アリスを演じるのが、名女優エレン・バースティン(1932~、出演当時42歳)で美人女優では、ありませんa0212807_13494384.jpgが、魅力的なオーラをもつ演技の上手い女優です。
アリスと息子トム(アルフレッド・ルッター 1962~、当時12歳)との会話が、生き生きとしておもしろく、この母子に絡むデイビット役のカントリー&ロック歌手クリス・クリストファーソン(1936~、当時38歳)、名優ハーヴェイ・カイテル(1939~、当時35歳)、名脇役女優ダイアン・ラッド(1935~、当時39歳)、何といっても極めつけa0212807_1351457.jpgは、当時12歳の初々しくチャーミングなジョディ・フォスター(1962~)です。
ジョディ・フォスターは、この映画に出演した後14歳のとき、スコセッシ監督から「タクシー・ドライバー」の準主演である少女売春婦役を名演、若くして名女優となり現在監督となり自分の作品を撮っています。
a0212807_13533427.jpg映画は、少女のころ歌手を夢見ていたアリスですが、平凡な結婚をしてトラック運転手の夫のご機嫌をとり、生意気盛りの息子に手を焼きながら平穏に暮らしていました。
ある日突然、トラック事故で夫を亡くしたアリスは、それまで夫に依存した専業主婦であったため子供と二人の生活に困り、息子トムの新学期までに故郷のカリフォルニa0212807_1357177.pngア、モントレーへ帰ることにしました。
家財を売払い生意気盛りの息子トムとの長旅(ロングドライブ)が始まりました。
途中、場末のバーで憧れの歌手の仕事を見つけますが、店の客(ハーヴェイ・カイテル)に口説かれ情にほだされるも一皮むけば、サディスティックな妻帯者のDV男でした。
a0212807_1358148.jpg急いで逃げ出したアリスは、次の町で生活費を稼ぐためにウエイトレスになり店の常連客デイビット(クリス・クリストファーソン)と知り合いお互い惹かれますが、生意気な態度の息子トムに厳しく接するため別れて故郷モントレーへ向かうことにしました。
円熟した名女優エレン・バースティンのチャーミングな演技とキュートなジョディ・フォスターを見ているだけでも楽しめる映画です。
# by blues_rock | 2016-09-17 01:17 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
デヴィッド・リンチ監督(1946~)の映画を最初に見たのは、1980年作品「エレファント・マン」でした。
その6年後に発表したのが、未だに熱狂的なファンをもつ「ブルーベルベット」です。
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ボストン美術館付属美術学校で絵画を学び画家でもあるデヴィッド・リンチ監督(上の絵は自作)は、ドイツ表現主義の画家 オスカー・ココシュカ(1886~1980)やイギリスの個性的な画家 フランシス・ベーコン(1909~1992  
こちら
参考)a0212807_2282737.jpgを愛しシュールレアリスム嗜好が、顕著なリンチ監督の作品には、その影響が見られます。
ミュージシャンでもあるリンチ監督は、美術学校時代のルームメイトが、ロックの名ヴォーカリスト ピーター・ウルフ(J・ガイルス・バンド)だったことも関係あるのかもしれません。
リンチ監督作品は、1950年代アメリカの風俗(セットのプロダクション・デザイン)や音楽にこだわり映画の舞台をアメリカの片田舎にするなどの特徴があります。
さて、今夜のシネマの世界では、まだ紹介していないデヴィッド・リンチ監督の2作品について述べたいと思います。
好評と酷評交えた賛否両論の話題作「ブルーベルベット」(全アメリカ批評家協会賞作品賞と監督賞受賞)の次に撮ったのが、1990年作品「ワイルド・アット・ハート」で、カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞(この時のパルム・ドールのライバルが歴史絵巻風の地味なフランス映画「シラノ・ド・ベルジュラック」だったのは幸運)しています。
映画は、アメリカの片田舎を舞台にしたロードムービーで1950年代の風俗や風景、当時のバカでかいアメリカa0212807_241268.jpg車、音楽もクラシック、デキシージャズ、カントリー、ロカビリーやエルビス・プレスリーなど、劇中1、2度登場するヘヴィメタルっぽい曲に違和感は、ありますが、火を点けた煙草の先端、擦ったマッチの火や燃えさかる炎などシュール(寓話的)な映像と相俟って映画は、ヴァイオレンスとパンクなラブロマンス満載のリンチ監督らしい作品です。
「ワイルド・アット・ハート」出演当時26歳の若いニコラス・ケイジ(1964~)と23歳のローラ・ダーン(1967~)も無軌道無頼な若者を演じて新鮮です。
殺し屋役のウィレム・デフォー(1955~)が、なかなか鮮烈でイザベラ・ロッセリーニ(1952~)も妖しげな女役で出演していました。
a0212807_2453587.jpgローラ・ダーンの母親役ダイアン・ラッド(1935~)は、ローラ・ダーンの実母なので気合の入った母娘共演も見どころです。
2001年作品「マルホランド・ドライブ」もリンチ監督ならでは、のサスペンス・ホラー(スリラー)の秀作映画です。
1950年代のハリウッドを舞台にスター女優を夢見て憧れのロスアンゼルスに出できたナオミ・ワッツ(1968~) 演じる若い女性ベティとダイアン(ナオミ・ワッツの二役ながら同一人物)が、妄想と現実を行き来しなa0212807_2485468.jpgがら自己崩壊していくサスペンス・ホラー(スリラー)です。
出演時まだ無名女優であった33歳のナオミ・ワッツにリンチ監督は、白羽の矢を立てサイコパスな主人公役に抜擢、虚と実が、混在し映画を見る者は、どれが、本当か頭を混乱させながらも見入ってしまう一筋縄ではいかないリンチ監督の難しい演出に応えたナオミ・ワッツの演技は、秀逸です。
この「マルホランド・ドライブ」に登場する二人の主人公ベティとダイアンが、映画の中でサイコパス(精神病質者=異常人格者)症状を現わし少しずつ変化していく同一人物二人の変調をナオミ・ワッツは、見事に演じています。
ナオミ・ワッツは、この映画で遅咲きながら一躍有名になりました。
ナオミ・ワッツ演じるベティとダイアンに絡む記憶喪失の謎の女リタと女優カミーラ・ローズ二役のローラ・ハリング(1964~)も官能的で重要な役どころです。
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4人のワケあり主人公女性を2人の女優に演じさせ4人を複雑に絡ませる演出は、リンチ監督の真骨頂で劇中、赤い照明と青の道具類のコントラストが、醸し出すシュールな映像と相俟って見ていてゾクゾクしてきます。
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「マルホランド・ドライブ」は、カンヌ国際映画祭グランプリ、全米批評家協会作品賞を受賞しています。
# by blues_rock | 2016-09-15 03:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(2)
皆さま方から絶大な応援をいただきおかげさまで今年度の介護日本一を決める最終5事業所のうちの1事業所に選ばれ本選(大阪市)に行くことが、決まりました。
皆さま方の熱いご支援、本当にありがとうございました。  (下写真 : 玄界灘の姫島 九州ロマンチック街道から)
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拙ブログで8月4日「介護甲子園(お願い)」と8月25日「介護甲子園(最後のお願い)」の2回、しつこいとお叱り受けるくらいアナウンスして参りました。
幸運にも私たち森の家の「小規模多機能ホームみのり荘」は、(財)日本介護協会委嘱の外部審査員9名の方a0212807_19532175.jpgが、審査された介護甲子園エントリーの4,812事業所の中から最終予選30事業所にノミネート(選出)され、さらに今回インターネットによる一般投票選考を経て12月の本選出場の5事業所の1事業所(第2ブロック代表)に選ばれました。
本選(ファイナル)は、来たる12月18日日曜日12時30分より大阪府立国際会議場(グランキューブ大阪)で開催され、当日来場予定2,500名(推定)の方が、会場で5事業所からの介護活動VTRとプレゼンテーションを直接ご覧になり「最も‘学びと気づき’を与えた事業所」を選出されます。      (上写真 : ロンドンに住む私の一番若い友だち ハナ=ミズキ・ラムナラインちゃん、まもなく4歳)
私は、正直ファイナル(ベスト5)に残れると予想せず、今年のひときわ暑かった '真夏の夜の夢’ を楽しむ気持ちで取り組んでいましたので、皆さま方のお力が、奇跡を起こしたと改めて厚くお礼申しあげます。
私も応援団長としてかって7年間暮らした大阪に行き、介護甲子園‘冬の陣’を楽しんで来ようと思います。
# by blues_rock | 2016-09-13 00:13 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(2)
昨年11月に日本公開された「美術館を手玉にとった男」(原題「Art and Craft」 図画工作)は、2011年に発覚したアメリカ20州 46美術館に所蔵されている 100点以上の贋作について、その真相を追った(実話を描いた)たいへん興味深い秀逸なドキュメンタリー映画です。
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監督は、エジプト出身の俳優サム・カルマン(1953~ 監督・撮影)と元ニューヨーク現代美術館職員ジェニファー・グラウスマン、共同監督と編集をドキュメンタリー作家(ジャーナリスト)マーク・ベッカーが、担い、精神を病んだ(10代で統合失調症と診断された)天才贋作画家マーク・ランディス(1955~ 自閉症サヴァン症候群と推a0212807_3304687.jpg察)は、なぜ30年間もアメリカ20州、46の美術館に 100以上の自分の贋作を資産家や神父と偽り、慈善活動と称して無償で寄贈し続けたのか ‥ 2008年、最初に彼が、寄贈した作品は、贋作であることを見破り、贋作者マーク・ランディスを調査するも執着し過ぎて、美術館を解雇されてもなお執拗に調査を続けるオクラホマシティ美術館の元レジストラー(情報管理担当者)マシュー・レイニンガー、さらに彼の友人で、シンシナティ大学ギャラリーのa0212807_791823.jpgアートディレクター アーロン・コーワが、ランディスに贋作の寄贈を止めさせようと説得する電話のやり取りも誠実で他にも、精神疾患患者としてマーク・ランディスを長年ケアしている医療介護士との会話やFBI美術品詐欺捜査官の困惑(ランディスが金銭を受け取っていないので罪に成らず捜査中止となる)、ランディスの贋作を無視しようとする(美術館が、寄贈を受けた贋作を認めることは、ランディスの実力と才能を証明することになり、自らの権威と鑑識眼の失墜を恐れる)各美術館のキュレーターやa0212807_3331372.jpgディレクターの姿、彼の贋作を美術館で見た人たちの反応など「美術館を手玉にとった男」に登場する実在の人たちも興味深く丁寧に描かれています。
ジェニファー・グラウスマン監督は、ニューヨークタイムズで‘前代未聞の贋作事件’として報道された「30年に亘りアメリカ20州46の美術館に贋作を寄贈し続けたマーク・ランディス」に興味を持ちサム・カルマン監督とマーク・ベッカーと共同で(監督・撮影・編集を分担して)マーク・ランa0212807_336245.jpgディスを天才贋作画家と慈善活動家の両面からドキュメンタリーで撮ることにしました。
グラウスマン監督は、ランディスの行為が、美術界の常識(美術館やコレクター、美術評論家)には、収まらないもっと本質的なテーマが、含まれていると考えポスト・プロダクションに多くの時間を割いています。
ドキュメンタリーの映像を見ていると良く分かりますが、主人公のマーク・ランディス始めマシュー・レイニンガー、a0212807_3371179.jpgアーロン・コーワその他、被写体(取材されるほう)とカメラを持つカルマン監督さらにグラウスマン監督・ベッカー監督三人の撮影者(取材するほう)とは、お互い相手に敬意を持ち信頼し合っていることを感じます。
そもそもマーク・ランディスが、絵を描き始めたのは、10代で統合失調症と診断され両親が、不在の時は、自室で母親から買ってもらったテレビを点け美術館のカタログにある絵を模写することが、習慣となったからです。
a0212807_33754100.jpgランディスは、ランディスなりに子供のころから自分をコントロールするために自己流のアートセラピーを実践していたのでした。
早く父親を亡くし、やがて母親も亡くなるとランディスの模写は、エスカレート、彼に天性の画才が、あっただけに美術館のキュレーターやディレクターなど専門家も見破れない天才贋作画家になっていきました。
ランディスは、「絵に完全なオリジナルは、存在しない」と言い切り、贋作中「草は、適当でいいよ」と指先に絵のa0212807_3385042.jpg具を塗りさらさらと描き、「裏は、コーヒーをかければ古く見える」と飲みかけのコーヒーをかけ「ウォルマートで売っている額を使えば、サザピースに出品されたみたいに良く見えるよ」とウォルマートで購入した画材を見せてくれました。     (上写真 : 左、マシュー・レイニンガー / 右、アーロン・コーワ)
自分の絵に対する問いにランディスは、「芸術(Art)‥? 違うよ、工作(Craft)だよ」と事もなげにシンプルに答a0212807_3391772.jpgえ、彼の答えが、このドキュメンタリー映画「Art and Craft」の原題になっています。
ランディスには、金儲けなど関心が、なく自分の記憶の中の母親=テレビなのか彼は、絵を描いているとき必ずテレビをつけ、旧い映画を流しながら制作しています。
ランディスが、資産家や神父を装い、美術館に自分の贋作を寄贈しに行くとき彼は、テレビで何度も見た旧い映a0212807_3394235.jpg画やドラマの登場人物を模倣し、セリフまで真似ることもあり、なかなかのユーモアセンスに笑ってしまいます。
マーク・ランディスは、絵(完ぺきな模写=贋作)だけでなく旧い映画を見て自己流のアートセラピーを実践していたのでした。
映画の最後、シンシナティ大学ギャラリーのディレクター アーロン・コーワが、ランディスに声をかけ、ランディスa0212807_7122887.jpgの贋作を最初に見破ったマシュー・レイニンガーに監修の協力を求め、天才贋作画家マーク・ランディス個展を開くシークエンスは、感動的です。
さらにエンディングで、これからも贋作を描くのかと質問されたランディスが、答えたセリフもなかなかユーモアにあふれていて同時にクール(贋作制作を止める気なし)です。
(上写真 : 左から天才贋作画家・寄贈者マーク・ランディス、監督・撮影サム・カルマン、監督ジェニファー・グラウスマン、共同監督・編集マーク・ベッカー)
# by blues_rock | 2016-09-11 03:15 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
社会主義国家ソ連の言論検閲に抵抗し‘表現の自由’を求め1984年パリに亡命した旧ソ連の天才映画監督アンドレイ・タルコフスキー(1932~1986)が、1975年に発表した自伝的な映像詩「鏡」は、タルコフスキー監督作品a0212807_3515020.jpgの中でも記念すべき映画です。
タルコフスキー監督は、プロットの軸を自分(個人)の記憶に置き、これに1930年代からソ連崩壊(1991年)前に起きた旧ソ連の数々の事件を映した現代史ドキュメンタリー映像を加え、過去(ドキュメンタリーによる史実)と現代(映画による虚構)をフラッシュバックさせながら構成、斬新な自伝的映像詩の作品にしました。
タルコフスキー監督は、子供のころから音楽が、好きで青春時代には、ジャズに熱中、すべてが、国家統制された社会主義思想のソ連にあってアメリカかぶれ(このころからタルコフスキー監督は自由主義者であった)の息子の将来を心配した母親は、彼をシベリア地質調査隊に入隊させますが、22歳a0212807_3593079.jpgのとき国立映画大学へ進学しました。
タルコフスキー監督が、少年のころ吃音症(どもり)であったかどうか分からないものの映画は、テレビに映る吃音症の少年が、矯正訓練を受けているところから始まり主人公 (タルコフスキー監督自身) の少年時代に移ります。
庭の柵に腰かけている若い母マリア(主人公の妻ナタリアと2役 マルガリータ・テレホワ 1942~)が、草原の向こうから来た見知らぬ男 (アナトーリー・ソロニーツィン 1934~)と意味ありげな言葉を二言三言交わし男は、風の吹きぬける草原のa0212807_422712.jpg中に消えました。
そして、詩人アルセニー・タルコフスキー(タルコフスキー監督の父)の詩をタルコフスキー監督自身が、朗読する声と重なるように主人公の少年アレクセイ(イグナート・ダニルツェフ、主人公アレクセイの息子イグナートと2役)の鏡を見つめるシーンを映します。
大人になった主人公アレクセイが、鏡に映る像は、アレクセイの父(オレーグ・ヤンコフスキー)と同じ像です。
a0212807_44111.jpgアレクセイ(=タルコフスキー監督)の幼児時代を演じる子役のフィリップ・ヤンコフスキーは、アレクセイの父を演じるオレーグ・ヤンコフスキーの実の息子なので幼いアレクセイと父親との関係が、劇中とても自然で親密なのも当然かもしれません。
タルコフスキー監督にとって、過去は、記憶の中に存在する現在で、現在もまた過去の記憶の中の一つであり、a0212807_452718.jpg移ろいゆく過去の記憶の中に永遠があるとタルコフスキー監督は、考えているようです。
タルコフスキー監督の演出で劇中、永遠という言葉を使うシーンは、ありませんが、タルコフスキー監督にとって永遠とは、移ろいゆく不変の存在と確信しているようです。
こんなプロットが、タルコフスキー監督作品は、難解であるとの印象を見る人に与えているのでしょう。
a0212807_462823.jpg主人公アレクセイと彼の父は、鏡に映る像として同化し、母マリアと妻ナタリア(マルガリータ・テレホワの2役)も鏡の中で同じ肖像として映されます。
少年時代のアレクセイと彼の息子イグナート(イグナート・ダニルツェフ少年の2役)もまた鏡の中で同じ像として映ります。
映画「鏡」は、物語を説明文(散文)で理解するより映像詩(韻文)として映画で見たほうが、深く心に残ります。
a0212807_481016.jpg撮影監督ゲオルギー・レルベルグ(1937~1999)のカメラは、タルコフスキー監督の心象風景としてロシアの豊かな自然を象徴的に映し心に残る印象的なカットを数多く生みました。
「惑星ソラリス」、「ストーカー」などタルコフスキー監督作品の音楽監督で作曲家エドゥアルド・アルテミエフ(1937~ ロシア・シンセサイザー音楽の祖)の音楽も美しい映像と併せ強く印象に残ります。
# by blues_rock | 2016-09-09 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
私は、二十代半ばヨーロッパの美術館でルネッサンス(イタリア・ドイツ・フランドル)絵画を見て脳天を割られ、三十代になると日本の伝統工藝(琳派絵画・漆芸蒔絵・古伊万里や古鍋島の色絵磁器など)に心を奪われ、この世のものと思えない天才たちの作品に感動してきました。
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しかし、不覚にも私の中で‘すっぽり抜けている’のが、書画骨董の類いとして若いころにあまり関心のなかった巻物・硯箱・料紙箱・文台・香炉・香箱・小箱・花瓶・印籠・根付・煙草入・煙管・煙管筒・矢立・刀装金具・帯留・櫛・かんざしなど日本伝統工藝品の数々でした。
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漆芸のひとつ「金継ぎ」をするようになってから漆蒔絵の道具や印籠などを間近で見る機会が、多くなり、私の中で‘すっぽり抜けている’伝統工藝品の逸品を見て私は、「目からウロコ」が、落ちました。
明治・大正・昭和期の天才牙彫家 安藤緑山(萬蔵、1885~1955)の象牙彫刻作品のハイパーリアリズム(超絶
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技巧の職人技)にもダ・ヴィンチやフェルメールの絵を見たときと同じ感動を覚えます。
安藤緑山は、昭和30年まで台東区に住んでいた象牙彫刻家(牙彫職人)くらいの情報しかなく人物像も含め謎に包まれていて、超絶技巧のノウハウ(技術)を伝承する気が、まったくなく弟子もとらず下絵や制作記録などの
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資料・メモ類も一切残していません。
安藤緑山の作品は、国内の皇室を含むごく限られた富裕層に愛好され、海外にも熱烈な愛好家(コレクター)が、いて「緑山乍」の銘で牙彫商の金田兼次郎名義で納品していました。
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安藤緑山の牙彫は、野菜や果物などをモチーフに50数点の作品があるのみで、素材の象牙に鉱石・鉱物の無機系顔料で着色しているのが、最大の特長(個性)です。
牙彫家 安藤緑山の作品を今風に言うなら‘ハイパーリアリズム’、超絶技巧の天才職人技です。
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清水三年坂美術館館長の村田理如氏(村田製作所創業者次男、元専務、47歳のとき退社し江戸・明治・大正期の日本伝統工藝品の収集に専念、清水三年坂美術館を創設)は、「 明治以降、日本は、急速に欧米の文化を取り入れ、生活スタイルも欧米化しました。 学校教育も美術や音楽は欧米のものが、中心でした。 日本人の
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美術に対する関心も、日本の伝統的なものより印象派の絵画や西洋骨董などに集まり、幕末・明治の美術品に関心を持つ人が、ほとんどいなくなってしまったのです。 また、たとえ関心があっても欧米人ほど高く評価しない為、高額な名品は、海外に流出していくのです。 その結果、日本にはガラクタばかり残り、ますます明治の美術
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館に対する評価も下がってしまったのです。」(明治の美術に魅せられて、より抜粋)と日本伝統工藝品の収集にかける情熱を述べておられます。
村田清水三年坂美術館長の言葉は、1868年の明治維新以来の文明開化と和魂洋才により今日までの150年間に喪失した日本伝統文化の総括として蓋(けだ)し名言(箴言)です。
# by blues_rock | 2016-09-07 00:07 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
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